【壊乱】#048

2017.06.15

竜退治をテーマにしたオリジナル小説。
第48話。

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 ヒューリィの視線が、こちらへ穏やかに向けられた。逃げようのない迫力も、どこかに伴っているような気もする。視線をわずかに外し、改めて周囲を見回す。自分を見つめてくる仲間の顔、詰め所を出入りする兵士の目。埃っぽい匂いと汗の臭いとが混じった酸っぱい臭いが鼻をつく。砂埃を浴びた襟元で、じんわりと汗が出る。それを拭おうか迷った自分の右手は、色んな汚れが付着したままだった。
 顔を上げて、正面のネウロを見る。小さく息を吐いて気持ちを固める。
「正直に言えば、何が正解か僕にも分からない」
「分からない、だと?」
 ネウロは、棘のある低い声でいう。
「あぁ。その上ではっきりしているのは、犠牲者はこれ以上増やしたくないという気持ちだ」
「では、はっきりしていないのは?」
「殺すべきか否か」
「ふん、隊長まで甘いと来たか」
 ネウロは鼻を鳴らして腕を組んだ。
「そうかな。オーウェンの残した言葉だ。何か意味があると思ってもいいんじゃないか?」
「そのオーウェンとやらが、『神殺し』を成さなかったから、今の状況が訪れているのではないか? オカルトで人が守れるなら、なぜ今も人が死ぬ?」
 ネウロの言葉に、上手い文句が見つからない。
「ちょっといいかな、お二人さん」
 ヒューリィがすっと手を挙げた。
「ブレイズの言い分も、ネウロの言い分も、結局は『人を守る』ということでいいのかな」
 頷いて返す。ネウロも渋々といった様子で頷いた。
「脅威の元を取り除けば、問題は解決される。殺すのか生け捕りにするのかは、瑣末な問題に過ぎない。そうだな、ネウロ?」
「あぁ。どちらでも構わない」
「私の個人的な意見では、殺してしまわぬように戦うぐらいなら、討ち取ってしまう方が楽なのも間違いない。それは分かってもらえるな、ブレイズ?」
 ヒューリィの顔がこちらを向く。相手の実力も未知数なのに、手心を加えながら立ち回るのが容易ではない、というのは至極まともな意見だろう。頷きを返すと、ヒューリィは言葉を継いだ。
「しかし、強大な獣を殺して起こる生態系の変化、あるいはオカルトな反応が何も起こらない、という確証も持てない。抑え付けるものがいなくなるとどうなるか、あるいはいわゆる『神殺し』が何を引き起こすのか。読書家のアレン・ブックマンなら、ご存知かな?」
 ヒューリィの顔が、今度はアレンの方を見やる。アレンは頭を振った。
「あとは、君らの言い分が連携をとるフォレスタ軍に通じるかどうか、だな」
 ヒューリィの視線を追って、再度周囲を見回す。周りにいる兵士たちは、視線こそ各々別の方向を向いているが、その耳は何を聞いているか分からない。変わらぬペースで、自分の作業を続けていく。
「最善は尽くすが、何が起こっても受け入れる。それでいいかな? ブレイズ」
 ヒューリィは微笑みを浮かべて言った。
「これ以上話し合っても、結論は出まい。散会して、準備にかかってくれ」
 ネウロは席を立ち、ヒューリィを伴って詰め所を足早に出て行った。
「結局、何にも決まってねぇじゃねえか」
 ドルトンは椅子の背もたれに身体を預ける。アレンは頷きながら椅子の向きを変え、身体ごと僕の方を向いた。
「で、どうする? 準備にかかれと言われたが」
「そうだな……」
 準備も何も、一刻も早く戦いに赴いた方がいいように思うが、何から手をつけるか。答えを迷っていると、アレンは椅子から腰を上げた。
「俺はとりあえず、地元の図書館でも覗いてくる。神話なり、伝承なり、少しでも情報がないか、見てくるよ」
「街に出るのか? じゃあ、先に飯でも行こうや」
「いいや、遠慮しておく。ずーっとお前と一緒だったからな、しばらく独りにさせてもらう」
 アレンは、五月蝿くてかなわん、と呟きながら詰め所の出入口へ歩いていく。
「じゃあ、夕方にココで」
「りょーかい」
 背中を向けたまま手を振る姿が、出入口の向こうへ消えていった。ドルトンは身体の向きを変えてグレイシアへ声をかける。
「姉ちゃんは、どうする?」
 グレイシアはすっと立ち上がって、ドルトンなどいないかのように、僕の方を見る。
「夕方までに戻るわ」
 僕の返事を待たず、グレイシアは背中を向けた。
「ちょ、おい。グレイシア」
 ドルトンの声に足を止めることなく、流れるような足運びで出て行った。
「またお前と二人かよ」
「嫌ならお一人でどうぞ」
「姉弟揃って、厭味な性格してるねぇ」
「そりゃあ、どうも」
「さ、行くぞ」
「へいへい」
 ドルトンが腰を上げ、それに続いて僕も立ち上がる。人の出入りが若干減った詰め所を見回しながら、先に出入口へ向かった男の背中を追いかけた。不意にドルトンが振り返る。
「おい、後ろ」
「えっ?」
 振り返ると、詰め所から出てきた男が胸に箱を抱えているのが見えた。広いとは言えない通路、道を開けると小さく頭を下げて通り過ぎて行った。先に行った兵士の後を追う形で、詰め所の外に出る。先ほどの男が、妙齢の女に箱を差し出しているのが見えた。

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【壊乱】#001

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執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2017.06.15

2018.05.02

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