【壊乱】#049

2017.06.21

竜退治をテーマにしたオリジナル小説。
第49話。

この記事は 約 6 分で読めます。

,

 妙齢の女は、兵士に差し出された箱を胸に抱えながら、頭をこすりつけるように泣いている。兵士は敬礼を残して、踵を返した。すれ違いざま、会釈をしてくれた。一瞬見えたその顔に、表情も力も宿っていないように思える。 
 隣にいたドルトンは、一足早く街の方へ足を向けた。
「見てらんねぇな。ああいうのは」
 ドルトンの背中を追いかける。
「そんなに人情派だったっけ?」
 ドルトンは頭の後ろで手を組みながら、足を止めずに振り返る。
「なんだ、知らなかったのか」
「いや、そうだった」
 ドルトンは、へへ、と笑って前を見た。目は微塵も笑っていない気がする。
 フォレスタ城に隣接している詰め所の前は、大きな通りに面している。馬車が行き交う車道に、両脇に歩道がついている。歩道も十分な幅がとってあり、二人ぐらいで横に並んで歩いても、たっぷりと余裕があった。道路脇には、城の近くということもあってか、兵士向けのお堅い雰囲気の店や宿泊施設が並んでいる。
 フォレスタに住む一般市民が通っても、あまり用事はなさそうだ。せいぜい、商売人がなんらかの申請に城へ赴くぐらいのもんだろう。あるいは兵士の家族が、一時的な宿泊施設や寮へやって来るぐらい、か。
 どちらでもなさそうな雰囲気の女性が、僕らの前から歩いてくる。先ほど詰め所で見かけた女性よりは、いくらか若そうに見えた。
「あー、お姉さん」
 ドルトンの声に、女性は顔を上げるが足を止める気配はない。鬼気迫る表情で前を見つめている。ドルトンは足を止めて、なおも声をかけようとする。
「ちょっ、止めておこう」
「えっ、なんで? この人逃したら、しばらく道聞けないぜ?」
「他の人にしよう。人情派なんだろう?」
 ドルトンはなおも女性に声をかけようと、来た道を戻ろうとする。僕の横を通り過ぎた女性の方を見やると、彼女は足を止めてこちらを見ていた。
「あ、すみません。僕らを気にせず、行ってください」
 ドルトンを引っ張って前に進もうとする。ドルトンの方はなおも女性に向けて呼びかけている。しばらく押し問答をしていると、僕らのやりとりを見ていたらしい女性の方から声をかけてきた。やや掠れた声で、遠慮がちに発せられる。
「街の方、じゃないんですか?」
「ああ。アレキサンドリアからの援軍だ」
「援軍?」
 女性の視線が、ドルトンの頭からつま先まで下りていく。一部の武装は詰め所に置いてきたし、フォレスタ軍の制服とは似ても似つかない格好だ。ドルトンの体格なら、せいぜい大工か他の職人に見えればいい方か。
「そうなんですね。あの、今朝召集がかかった兵隊の動向はご存知ですか?」
「今朝の召集? いや、その辺は俺たちは分かんねぇな。着いたのはついさっきなもんで」
「そう、ですか……」
 女性は肩を落とした。ドルトンの顔に向けられていた視線は、自然と足元を見つめる形になる。ドルトンはその上から声をかけようとするが、顔を上げて振り返った。
 足元に振動が伝わってくる。独特のリズムに、力強い爆音。聞き覚えのある音がする方へ、僕も顔を向けた。城に通じる大通りを凄まじい速度で武装した二頭立ての馬車が近づいてくる。フォレスタ軍の紋章の入った馬車が通れるように、道が開けられていく。御者代でムチを振るう兵士の隣で、もう一人の兵士が鐘を鳴らしていた。鐘の音と猛烈な土埃を残して、馬車は城門の方へ消えていく。
 あまりの衝撃にボーッとしていると、後ろからぶつかられた。
「ああ、すみません。急いでいたもので」
 フォレスタ軍の制服を着た少年が立っていた。どうやら、寮か何かの出入り口の前で突っ立っていたらしい。詰め所の方をチラチラ見ながら、頭をさげるかどうかこちらの反応を待っているようだ。
「いや、こちらこそ申し訳ない」
「本当にすみませんでした。では、これで」
 頭を下げて走り出そうとした少年を呼び止める。
「あのさ、さっきの鐘の意味というか、馬車のこととか分かる?」
「えっと……」
 少年兵は言い淀んだ。彼の表情を見たドルトンが、僕の肩に腕を回して満面の笑みを浮かべる。
「俺たち、アレキサンドリアからの援軍」
「援軍、ですか?」
 少年は、さっきの女性と同じように僕らのことを頭からつま先まで舐め回すように見ていく。僕の腰に下げた剣や手の汚れに気がついたのか、少し乱れていた居住まいを正して、敬礼をとった。
「あの馬車は、皆さんがご到着される前に出撃した馬車です。あの鐘を鳴らしながら馬車だけ戻ってきたということは、恐らく全滅かそれに近い状態、かと」
「全滅?」
 馬車だけ、かろうじて逃げ帰ったということだろうか。目の前の少年兵は、僕の回答を待つのがもどかしいのか、遠慮がちに言う。
「急いで詰め所の荷物を運び出さないといけないので、もうよろしいでしょうか?」
「ああ。ご苦労さん」
「後でな、少年」
 少年兵は、僕らに再度敬礼すると詰め所の方へ駆けて行った。少年兵の背中を追いかけた視界に、存在を忘れかけていた女性の姿がひっかかった。正気を失った表情で、馬車の駆け抜けた後を見つめている。腰を抜かしたのか、その場に呆然と座り込んでいる。
「さ、行こうぜ」
 ドルトンは、僕の肩に腕を回したまま、女性に背を向けた。
「もう、いいのか?」
「ああ。早く行こう」
 ドルトンは歩く速度を上げ始めた。だんだん早歩きに近くなる。転ばないように吊られて足を動かす。徐々に、後ろにいた女性の顔が見えなくなっていく。
 僕らの動きにようやく反応したのか、涙を浮かべた顔を上げて、鬼気迫る表情で僕らを睨みつけている。何かを叫ぼうとしているが、声は出ないようだ。こちらを追いかける余力まではまだないらしい。
「いやぁ、たまらんぜ。本当に」
 ドルトンは、顔を僅かに下へ向けている。その顔は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。後ろの女性はどんどん小さくなる。少しずつ繁華街に近づいてきたのか、歩道にも人が増え始めた。その人影に隠れて、気にかけていた姿は、見えなくなってしまった。

この記事から読み始めた人へ

最初から読みたい人はこちらをご覧ください。

【壊乱】#001

竜退治をテーマにしたオリジナル小説。 第1話。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2017.06.21

2018.05.02

Loading...
Facebook Messenger for Wordpress