経歴振り返り #0(社会人未満編)

2017.08.11

ふと、経歴をまとめる必要が出てきたので、この機会に振り返ってみる。語っていないこと、伝えたつもりで伝わっていないこともありそうなので、数回に分けて書いてみます。

この記事は 約 6 分で読めます。

社会人未満をなぜまとめるのか

通常は職歴をまとめれば十分なのだろうけど、職歴に強く現れない部分が多少あるような気がしている。社会人未満、学生時代に取り組んだこと、学んだこともある程度まとめていないと、「できること」や「進み方」がブレているように見えそうだし、「なぜそれをやろうとしたのか」や「なぜそれに手を出そうとしたのか」も見えないようにも思える。半ば無意識的に「すぐには役に立たないこと」を学んできて、それが隠れた土台になっているようなので、ブログのネタとして整理しておく。

概要というか、キーワード

要点を上げれば、「書く(表現)」と「独立志向(ゲームクリエイターとして開業)」、「温厚に我を通す」。時系列に追いかけていくととっちらかるので、キーワードごとに整理していく。

1.書く(表現)

小学生の中学年頃から、フィクションを織り交ぜて作文を書くのは面白いと思った記憶がある。その後、下手なりに漫画を描くのに挑戦してみたり、絵心はないというか自分が描きたい物を描くには画力が足りないと判断して、文字だけの世界を選択してみたり。

ゲームクリエイター、特にゲームプランナーやゲームシナリオライターになりたいと思ったこともあり、デザインに直結する表現以外は、貪欲に学んだ。企画や脚本術、映像の演出や編集、撮影手法なんかも大学の授業等も合わせて学んでいった。

アウトプットするために必要な材料を集めるために、神話や宗教をインプットしたり、歴史や文化をざっくりと学んでみたり、説得力を持たせるために、生物や天文物理学も分かる範囲で大掴みに学んでいった。学研漫画、「〜〜のひみつ」を沢山もらったこともあり、妙な知識を多少持っていたことも影響したように思う。

他の作家さんはどんな風に書いているのかを学ぶために小説を読んでみたり、映画の演出を学ぶために映画館に足を運んでみたり、ゲームの企画や良し悪しを判断するために中古ゲームを買ってはプレイしてみたり、作品作りをするための自己投資も惜しみなくやった時期でもある。ゲームに関しては、遊び方や遊ばせ方、楽しませ方についても我流なりに研究したり、書籍に当たったりしたことも。

以下、表現に関する概要

小学生
  • フィクション混じりの作文 x1
  • 漫画 x1.5(描ききらなかった物を0.5と表現)
中学生
  • シナリオ風の短編小説 x1
  • 中長編(300枚〜500枚程度)小説 x1
高校生
  • 中長編小説 x2.5
  • 文化祭にてクラスで行う舞台のオリジナル脚本 x1
  • 同文化祭で配布する短編小説集 x1
  • 生徒会にて広報部長(非公式)就任。生徒会報の紙面、Web用のニュース原稿作成を担当(1年)
  • 卒業式の答辞原稿を単身で作成
大学生
  • 中長編小説 x2
  • 作品応募 x1(特別賞入選)
  • 読売新聞(大阪)主催の学生向け投稿企画にて、掌編小説3〜4本が佳作入選
  • SNS上でパロディ小説(連載) x1
  • 動画の企画、撮影、編集 x3
  • ゲームの企画作成・会議の進行、マネジメント担当 x3〜4
  • オープンキャンパス、来校者向けの企画作成、台本制作、チームビルディング、マネジメント担当 x1
  • 卒業制作 企画原案、脚本、プロモーション関連、HP制作、外部折衝、動画の演出・撮影、編集担当 x1

表現の中でも、特にゲームシナリオライターを志したのは、「自分も味わった感動を伝えたい」と思ったことと「子供の心により深く伝わりそうだ」と思ったから。製作者の心得や、著作家へのインタビューなどもできる限りインプットし、「子供だましは通用しない」、「長く親しんでもらうためには、教養を背景にした本物を作らないといけない」という哲学も学ぶ。表面的な豪華さや小手先のテクニックに走った中途半端な作品や、売れ線を意識しすぎた商売っ気に走った作品を作りたくないのは、その辺りの理由かもしれない。

ゲームクリエイターとしての独立志向

ゲームクリエイター、中でもゲームプランナー、ゲームシナリオライターとして独立開業をしようと中学卒業までには志していたこともあり、制作以外の部分、起業するには何を考えなきゃいけないのか、どういう仕事が待っているのか、会社というのはどういうものか、チームを作るには、マネジメントをするにはどうするのかなど、書籍による座学を中心に独学。

会議術やファシリテーション、オフィス系ソフトを活用した文書作成、プレゼンテーションのノウハウなども学習。一部、大学の授業内などで実践。PDCAサイクルを回す手法も学ぶ。数々の自己啓発本や、身体操作、座禅などにも興味を伸ばす。

また、就職する際の間口を広げるべく、広告関係やマーケティング、コンサルティングや金融関係も座学を中心に独学。マーケティングや広告、広報に関しては学生時代に授業や1dayインターンシップなどで仮想体験も。

温厚に我を通すコミュニケーション術

小学校を4つ、中学校を2つ転校。家に帰れば、3つ上に姉、3つ半下に妹がいる家庭で育つ。どちらかというとスポーツの得意な子供でもなかった。内向的で頑固な人間が腕力を使わずに自分の意見を通すにはどうするか、家庭の内外で学ぶ。特に、人間関係や力関係を把握するために周囲の情報を積極的にとったり、顔と名前とを一致させるべく、人の話すことも意識しながら行動していた。

思春期には親の離婚、母の再婚(=養子縁組)を体験(現在は離縁)。姓が変わったり、兄妹の構成が変わったことをコンプレックスに感じ、それを押し隠すべく偽りのイメージ像を作るというのも、一所懸命やっていた。その一方では、養父に対して面従腹背を貫こうと画策。自分のやりたいこと、私学の四大を受験するというのも貫くべく、良い子を演出。裏をかいてやりたいことをやる術も実地で学ぶ。

不用意に敵を作らない、いざという時に意見を飲み込んでもらいやすいように、日頃のイメージ作りを丁寧にやる。行動パターンを一定にしておいて、裏をかける余地を作っておく。交渉をする際は情報量や事前の資料作成に時間を割き、準備を惜しまなければいいというのも、密かに学んだこと。

自分が心身ともに品行方正を貫いておき、しっかり準備さえしておけば不可能に思える道も開かれるのだと、この時密かに学んだ気がする。

まとめ

より高く、より上へと表現する人間として、また独立志向の強い人間としてひたすら前を見て、上の人や周りの人の評価を得るべく行動してきたため、友人関係についてはあまり広くなかっただろうし、アルバイト含め、社会経験もそこまで多いとは言えない方だろう。外向的でもなかったし、一般的なコミュニケーションという意味ではそのあたりの能力は決して高くなることはなかった。

ゲームクリエイター、特にプランナーを目指して「ゲーム」の名を冠した学科まで出たものの、結局は「無い内定」で卒業を迎えてしまったのも、その辺りのバランスの悪さというか、野心の強さというか、融通の利かなさが一つの要因だったように思う。

ただ、この頃に培った表現に関する技術や感性、すぐには役に立たない知識や経験の数々、ちょっと毛色の違うコミュニケーション術等は、今までもこれからも、役に立っていくのではないかと考えている。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2017.08.11

2017.08.11

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