「ルネサンス」は大きなヒントに思える

2017.09.22

国際社会的な動き、あるいは世界各地の動き、国内の政治はもちろん、技術や思想的な部分で大なり小なりの変化が起きそうな気がしている。自分の領域で勃興を念頭に置いた時、役に立ちそうなのは「ルネサンス」じゃないかと思ったので、ネタにしてみる。

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大きな変化が起こりそうな気がする

政治的にも経済的にも、文化的にも、やや古そうに思える前の思想と新しい思想とが交差し始めている気がする。「今まで」を維持しようとする層と、「新しいこと」を持ち込もうとする層とがお互いに入り混じっていて、何かのきっかけで化学反応が起きそうな匂いがする。

日本の歴史を振り返ると、やっぱり思い出すのは明治維新。封建社会から近代国家へ歩み始めた時期。限定的に対外交流をしていたところから、全面的な開国に踏み切り、異文化や異国の人たちが流入し始める頃。ただ、厳密には変化が起こる前の時期、動乱に至っていない幕末の方が的確か。北朝鮮に絡む安全保障の絡みで、軍事的な気運が盛り上がってくるとどうなるか分からないけども。

今の思想が拡がった後は、前の思想に戻っていく

人類の進歩というのは、いも虫の歩みみたいに「進んでは戻る」、「伸びては縮む」な気がする。今の思想に飽きたら、新しい思想を生み出すか、新しい思想を生み出すために前の思想に戻っていくか、あるいは「前の方が良かった」と原点回帰したまま止まる、か。止まったら次の覇権国家に蹂躙されて滅ぶのがセオリーな気もする。

「前の思想」に根差さない、「新しく思える思想」も、案外時間の流れに耐え切れず、駆逐されていくことが多いような……。現実的でない突飛なことだったり、しなくてもいい車輪の再発明を持ち出しただけだったりして、「使えないもの」を引っ張ってきたりしがち。やはり、「それまで有効だったこと」を「今の思想で振り返る」が一番有効なのかな。その上で、前の思想を今の技術や今の材料でイノベーションして、新しい思想に作り変える、というのがモアベターな気がする。

だから、ブレグジットだったり、昨今の宗教や民族に基づくアイデンティティの探求、反グローバリズムという動きも、そんなに例外的な動きでもないように思える。今の思想、「ポストモダン」のグローバリズム、あるいはどうしても繋がってしまう道具をもった状態で、前の思想、あるいはもう一つ前の思想、「プレモダン」の思想にまで巻き戻して見て、自分たちはどう生きるべきか、自分たちは何をよりどころにしていたかを点検する、見直しするというのは歴史からいくと、ほぼ必然に近い動きなんだろうなぁ、と。その辺りを、「新帝国主義」と見たり、「地政学の復活」と表現するのも、全然不思議なことではないんだろうなというところ。

商売的には、ルネサンスを参考にするという手が取れそう

「前に戻る」というのをヨーロッパで大々的にやったのが、ルネサンスの時期なんじゃないかと。古典に回帰するというか、「かつて存在したもの」に戻っていくというか。そうやって、衰退していた文化水準を引き上げて、その後の勃興にも寄与したんじゃないかと勝手に思ってるんだけれども、何かを作る、特にメディアを介して何かをするという時には、この時代を参考にするのが一つの手なんじゃないかと思える。

端的に言うと、「後世に語り継がれるレベルのハイクオリティ」を目指す、ということ。それも古典をきちんと学んだ上で、現代の技術や現在の材料で作り上げること。一点豪華主義だと総合的によくはないんだけれども、まずそこをクリアした上でその先の展開を考えるようにした方がいい気がする。

今、世に出回っている商品やサービス、特にWebサービスやIT界隈の商品でちょっと厳しいかなと思うのは、そういうところ。少しクオリティ的に十分でないものがリリースされていっている気がする。もちろん、全部が全部ではないのだけれども、「これから上を目指す」とか言っている人たちが、「なんとも残念」な商品、サービスをリリースしているのを見ると、それでは厳しいんじゃないかと思わざるを得ない。

受け取り手の目や感性がだんだん鋭くなってきている状態で、いくら広告や宣伝を一所懸命やったところで、モノが良くないとやっぱり厳しい。古典というか、「前の存在したモノ」をきちんと研究しないまま、「とにかく新しいから」と出されたモノでは中々伸びていかない。

とにかく新しいモノを出せばなんとかなる、という時代では多分なくなってきている。「ちょっと新しいだけ」でも多分厳しい。そもそものクオリティの高さに、新しさを少し添えるぐらいの方がベターなのかな、と。

「アイデンティティ」をしっかり考えるのも、大事な気がする

クオリティの高いモノを作るためには、「思想」もしっかりしていないと「ただ高いだけのモノ」になってしまう。凄そうなんだけど、よくわからないものを作ってみても、中々人は受け取ってくれない。なぜ、「その商品、サービスを作っているのか」をしっかり自問して、その上で古典を学んで新しい風を吹き込む方向でないと、生活者の胸に刺さる商品、サービスには至れないんじゃないだろうか。

「いいものを作る」だけでは足りないんだけど、まず「いいものを作る」がやっぱりスタート。その「いいもの」が「なぜいいのか、どういいのか」の裏打ちが作り手側にきちんと存在していることが、より大事になってくる。

原点に回帰しつつ、古典にもきちんと回帰しつつ。今のトレンドに振り回されすぎないようにして、技術や材料をアイデンティティに沿って選んでいく。その先に出来上がったものを、堂々と広告宣伝していくところがこれからの基本スタイルなんじゃないかなぁ、と最近思っている。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2017.09.22

2017.09.22

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