『富国と強兵』をなんとか読んだ

2017.10.04

他にやることがあるはずなのに、図書館で予約していたのと、次の方に回さなきゃいけないのとで勢いつけて飲み込んだ。時期も時期なので、早々にアウトプットしておこう。

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『富国と強兵 地政経済学序説』を読んだ

著者中野剛志
版元東洋経済新報社

地政学と経済学、経済学と政治とは切り離せない、一元論で考えなきゃいけないんだというのをぶち上げて、「地政経済学」を考えようという一冊。貨幣や財政赤字に対する基本的なお話から、政治と経済の関係、経済と地政学の関係、戦争と財政との関係、発展と国家との関係等々、色んな方向について枝葉を伸ばしながら一つの理解に導いていく分厚い本。

これだけをいきなりかじりついても、多分飲み込みきれない。事前にマクロ経済への理解、ケインズ関係の書籍、貨幣に関する歴史、地政学や経済との関係、昨今の情勢、経済理論のアレコレ、ドイツを筆頭とするヨーロッパ、アメリカとマハン、みたいなところは押さえておかないと一読しただけで消化は難しい。

ヨーロッパを中心とする各国の歴史を抑えていく書籍であり、大づかみに戦史を把握していく書籍でもあり、価値観の大転換が目一杯起こりうる。乱読しておいたおかげで割とすんなり飲み込むことができた。

「主流派経済学」はやはり終わりを迎えつつある

この書籍に当たるまでもなく、他の書籍なり動画なりを追いかけた肌感覚で、今まで主流派だった経済学が敗北しつつある、というのは感じていた。どこがどう違うのかは専門家やより頭のいい人に任せる、もしくは本書を読んでいただくとして、そもそものイデオロギー、土台となる世界観がごそっと書き変わらなきゃいけないという話にはなってくる。

これまで、「そこは資本主義が終わるってことじゃないか」とか思っていたけれども、そんなことではない。資本主義というのはもはや一種の運動。それでは、何が変わるのか。ニュートン的な物理学からアインシュタイン的な物理学、天動説から地動説へ解釈する理屈が移り変わっていく。

この方向性も、なんら不思議な現象だとは思えない。政治にせよ、経済にせよ、国際情勢にせよ、歴史にせよ。簡単にモデリング化された理解から、やや複雑な「不確実性」を含んだ実社会を理解する理論へ移って行っている。経済理論も、同じこと。原子や分子のような「塊」の理解から、インタラクティブな理解、複雑系の理解へと切り替えていく必要がある。この方向は、他の分野でも起きていたこと。政治経済学で起こっても不思議ではない。

とどのつまり、実験室で観測が住んでいた素朴な時代は、とうの昔に終わっているということだろう。実験室から飛び出して、最先端の現実に否応なく向き合わされている。そんな時に、実態と合わない経済学をいつまでも大事に抱えていては、ブラックスワンに太刀打ちできない。何が起こるかわからない、いつどこからブラックスワンに遭遇するかわからないと腹づもりしておいて、開けた世界へ飛び出していく。すでにそういう時代に差し掛かって久しいのだけれども、それをこの書籍は改めて示唆してくれた、というところだろうか。

「日米同盟」という「蓋と保護」

詳しくは、ケント・ギルバートさんの書籍や「GHQ」、「WGIP」、マッカーサーや冷戦構造あたりを追いかけていただきたいのだけれども、戦後の日本というのは特殊な環境で発展してきた。安全保障、軍事、防衛というのを一切放棄して、経済的に成長すること、回復することだけを求められてきた。

勿論それは、「日米同盟」というものがあったからだし、大東亜戦争における日本軍の怖さを思い知ったからだろうし、イエローモンキーを飼いならしたいという思惑もあったからだろうけど、それは今更どうしようもないし、自分の立場から本当はどうだったかを全部確認していくリソースはない。確実に目の前にあるのは、「牙を抜かれて久しい」ということと「世界有数に好感度の高い経済大国になった」ということ。

特に後者の意味は大きい。アメリカの思惑がなんであろうと、「日本」という国は信用されているし、経済力もある。歴史を途絶えさせることなく、今も十分な国土を有した状態で存続できている。国内的にも、「何の問題もない」とはいえないものの、他の国に比べれば驚くレベルで安定している。手を加えれば、まだいくらでも伸びていく可能性を秘めているというのは、奇跡に近い。

「日本」というチャンス

国土はイギリスよりはるかに大きい。領海も含めれば、相当大きい国家に違いない。国民性も教育次第のところはあるものの、ドイツに近い集団的な勤勉性もある。アメリカやイギリスに伍していく軍事力、特に世界有数の海軍力も有している。おまけに、数々の職人芸に見られるような道徳性や美意識など、とても無宗教とは思えないレベルでの信仰心、精神性もある。

これで経済が目も当てられない状態だとどうしようもないが、まだ手を入れればなんとでもなる。ヨーロッパの先進各国のように、観光業だけに注力しなくても、内需でも食べていけるし、製造業的な輸出業だってまだまだなんとでもなる。なにより、国家的な信用度が段違いに高い。

日本のことを嫌っているのは特亜ぐらいで、他に国家レベルで日本のことが嫌いだという国はたぶん少ない。それは、一朝一夕に手に入ったものではなく、先人たちが国体を守り、祖国を守り、文化を伝えてきたから。長い歴史があるからこそ手に入れられている信用であり、武器である。

もちろん、問題がないとは言えない。むしろ、問題は山積しているかもしれないけれども、政治や民間の工夫次第でなんとでもできる。こういう国に生活していること、生まれたことはもっと感謝してもいいし、もっと守ろうとしたっていい。こんなチャンス、早々手にできるものではない。

でも、「安全保障」は無視しちゃいけない

中国の台頭、あるいはアメリカのいいなりを脱出して、日本国として独立していくためには、自分たちの国を自分たちで守るという体制に切り替えていかなきゃいけない。何も戦争できる国にしようと言っているつもりはない。戦わないためにこそ、経済力に見合った防衛力、軍事力を持たなければいけないという話だ。

何も、目に見える軍事力だけが安全保障なのではない。食料や燃料といったエネルギー、国内のインフラ整備も安全保障だし、中央情報局なんかの整備も安全保障につながる。民営化して苦戦している鉄道関係も安全保障の一端だろうし、郵便をはじめとする通信だって安全保障の一つ。暗号化なんかも軍事の「民生化」。今の覇権国家がアメリカだから、英語でプログラミングをして、英語が世界共通語になっているけれども、日本が安全保障を強化していくと伍する可能性だってゼロとは言えない。

アメリカが今の能力や今の経済力を持っているのは、安全保障に力を入れているというのも、一つらしい。日本だって、自前で自分たちのことを守ろうと本気で考え始めれば、似たようなことはできなくはない。「アメリカが嫌だ」と思っている優秀な人材を日本に集めることだって不可能ではないはず。発展途上国や戦地での日本の貢献も、嫌われているという話はあまり聞かない。もっともそれに関しては、実際に外に出たり、話を聞きに行かないから、かもしれないけれど。

ただ、日本をさらに魅力的にするためには乗り越えるべき課題がいくつもあって、それをだんだん本格的に考えていこうよ、としているのが実は安倍政権なんじゃないかと個人的には思っている。

教育への言及、安全保障への言及、憲法9条への加憲云々。また、今の外交を見てみても、だんだん「アメリカの保護領」から「独立した一国家」へ舵を切ろうとしているように思える。安全保障をちゃんとやるなら、「守る価値のある祖国だ」というのを教育しなきゃいけないし、自虐史観を持ったままで安全保障を考えるというのは難しい。何をもって日本というのかというのも、みんなで改めて考えていかなくてはいけない。

災害大国でもあるこの国では、インフラ整備もそろそろ考え直していかなきゃいけない。インフラについてテコ入れするだけでなく、地方のあり方、各都市のあり方や計画をどうするかということも、きっちり考えていく必要がある。その「きっちり考える」、「考えたことを実行に移す」、「成長することを阻害しない」ためにも、教育やメディアの見直しも必要になってくる。

そういった諸々に、時に政府主導、行政主導で手を入れてもらえれば経済が上向く。民間の努力も不可欠だけれども、経済を上向かせるべく頑張っていけば、諸々の問題は解決していくように思える。

中露の属国か、アメリカと肩を並べる独立国家か

結局、今がそれを考えるタイミングなんだと思う。北朝鮮の緊張がクローズアップされているけれども、問題の根本はそこ。今回の選挙で考えていかなきゃいけないのは、その一点なんだろう、と。安全保障にしっかり力を入れて、日本を力強く前に進めていくために、何を選ぶか。きっちり考えたいと思う。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2017.10.04

2018.04.29

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