コンテンツとの関わり方、向き合い方

2018.05.25

コンテンツに対して思うこと、考えていることもこのタイミングでアウトプットしちゃいます。明確に「コンテンツの人」として飯を食ってる訳ではないので、説得力に欠けることもあるかと思いますが、何かの参考になれば幸いです。

この記事は 約 9 分で読めます。

,

コンテンツマーケティングの中での「コンテンツ」の扱いに関しては本題、本筋の中で取り上げる予定ですが、そもそもの「コンテンツ」との関わり方、ぼんやりと考えながらアウトプットに至っていなかったことも、このタイミングにまとめちゃいます。普段は物書きとか作家とか言いながら、明確な商業作品、同人作品は存在していないので説得力ゼロだと思いますが、少しでも何かの足しになれば幸いです。

素材の量と、成果物の量の差は、大きい方がいい

素材の鮮度や旬ものとして勝負する場合や、目利きのセンス、作り手の技量の掛け合わせで価値が増減する場合は別ですが、それ以外は基本的に小見出しの通りでいいんじゃないかと思っています。

端的に言えば、「十作って一書く」。書いた素材のまま、加工度合いを高めきらないまま世に送り出しても、いいコンテンツとは言い難いんじゃないでしょうか。ちなみに、「加工度合いを高める」には編集作業や推敲作業、校正作業なんかも含んでます。

今ひとつだなと思うコンテンツ、文章であったり動画であったりを見ていくと、だいたい「素材の収穫」や「素材の製造」が最初のステップで、そこから「取れたものを少し加工してコンテンツとする」ケースが多いように思います。文章の場合はそこまで気にならないですが、動画の場合はそこがすごく気になって、素人さんの動画が今ひとつ見る気がしない要因になっているんじゃないかと考えています。

文章は文章で、今ひとつだと思うのは、「自分で読んだ?」と思いたくなるぐらい、ほぼ未編集、無校正のコンテンツに出会った時に、加工度合いが低いなと思ってしまいます。自分も公開してから表記を直したりするので、人のことを強くは言えないんですが、だいたい読みにくい文章、印象に残りにくい文章を書かれる方って、「(声に出して)読むこと」を軽視しているような気がします。あるいは、「それを読んだらどう思うか、どう反応するか」まで想像力を働かせることができていない、とか。

結局、アウトプットの量もさることながら、インプットの量が今ひとつだから、「素材」以外の重要性がピンと来ていないんでしょう。素材を収穫する前から考える、素材を仕入れる or 作り出してからそれを加工する、時には他の何かに作り変えて捨てるといった作業の重要性が分かっていない。

良質なコンテンツであればあるほど、元になった素材はきっちり使われて、ほんの一握りだけを分かりやすい部分に使っています。「そんなところまで考えていない」というところまで作るには、素材を出すだけ、出て来た素材だけで完成品を作っていては不十分だと言えるんじゃないでしょうか。この差が大きければ大きいほど、「何度も楽しめるコンテンツ」や「印象に残るコンテンツ」になる可能性が高いようにも思うので、素材を作るところ、素材を使い分けるところ、素材を使い切って捨てるところも、しっかり取り組んだ方が、ジャンルを問わずにいいコンテンツなる気がします。

素材で勝負するには、膨大な積み重ねが要る

素材の鮮度が良かったり、素材そのものの持ち味でコンテンツのクオリティが決まるようなケースなら、加工度合いが低くてもいい、と思われるかもしれませんが、それが許されるのは膨大な積み重ねや質の高い訓練を繰り返して来た人だけに限られます。

スクープ記事だろうと、鮮度のいい食材だろうと、加工する人がど素人であれば、結局はその良さを引き出し切らずに終わってしまいます。良さを極限にまで引き出しつつ、自分の技をひけらかさない、長時間手を加えないも、高度な技術です。

文章を書き慣れている人だと、素材を出しながら(=書きながら)構成や企画を練り上げたり、セルフで編集なり校正作業なりをかけられるので、短い時間でクオリティの高いコンテンツを生み出すことができます。書き慣れていない人が似たようなことをして、加工度合いの低いコンテンツを出してしまうと大抵は目も当てられないのですが、この「見えにくい技術」が分かっていないことが要因でしょうか。

没入させられるだけの「肌触り」も至難の業

コンテンツを受け取った人に少しでも印象を残そうと思うと、多少なりとも没頭、没入してもらう時間が要るんじゃないかと思います。コレが意外と簡単じゃなくて、「気が散る要因」とか「気になる要素」をとことん減らさないと内容に入る手前の部分で止まってしまいます。誤字脱字とか、言葉のリズム感なんかは、コレに大きく影響するでしょう。

漫画だと、絵柄が「合う合わない」も大きいと思いますし、飲食店だと「お店が清潔かどうか」や「匂い」も大きなファクターでしょう。映像だと、音が割れていたり、ブロックノイズが頻繁に入ってしまったり、ストリーム再生の読み込みが何度も止まってしまったりすれば、気が散ってしょうがないはずです。

その状態で、「中身を見て欲しい」とか「感想はどうか」を聞かれても、せいぜい「読みやすかった」などの感想が関の山でしょう。ちなみに、それぞれの考えがあるかと思いますが、「読みやすかった」は個人的に褒め言葉だとは思っていません。他に評価する要素がなかったから出てくる言葉だと思っています。もちろん、それ自体が悪いことだとは思っていませんが、料理で言えば「水が美味しい」と似たようなもので、その上に乗る「何か」を引き立てる、全体のクオリティを底上げするために欠かせないことなので、「読みやすい」は全ての文章、少なくとも「コンテンツ」として出すものについては備えていないとマズイんじゃないかと思います。

むしろ「読みやすさ」しか印象に残らないくらいなら、思い切って「読みにくい」方がいいとすら思います。読みにくかったけど最後まで読ませるコンテンツであれば、別の力や印象が残せますし、それはそれで才能なり技能がないとできないことだと思うので、有用なポイントだとも思います。

各種コンテンツが良質なものになるかどうかは、受け取る人の状況や能力によっても変わって来ます。受け取る人に負担なく楽しんでもらうためには、飲み込んでもらいやすいものにしておくのは、最低限のおもてなしじゃないでしょうか。

コンテンツそのものは、「時間芸術」であることも意識したい

「十作って一書く」とは書きましたし、それ以上に差がある方がいいんじゃないかともお伝えしましたが、それをそのまま守って表現する必要もありません。ディテールに時間をかけたり、そのコンテンツの世界観を表現するために短く表現することもあるかと思います。どのポイントに時間や空間を割くか、どの部分を解釈するために時間をかけてもらうか。そういった時間のコントロール、あるいは空間の活かし方を工夫するのも、作り手のおもてなしと言えるでしょう。

どこを書き込むか、どこに注目してもらうか、どこをクローズアップして、どこを絞るか。その構え方、間合いの取り方にも、作り手のスタイルが現れるような気がします。

作り手の影をコンテンツに落とすのも、場合によりけり

作り手の名前や技量をコンテンツの上に表現したり、テクニックをアピールするような手法も、基本的にはあまりやらない方がいいのかなと。あくまでもコンテンツを楽しんでもらうこと、そちらに目を向けてもらうことを優先して、作り手の匂いはむしろ感じさせない、テクニックの凄さもひけらかさないやり方がベターかと思います。

作り手が「そのコンテンツ」で相応の利益を上げている場合、専業である場合に限り、ネームバリュー、ブランド、作家名を前に出してもいい、というところでしょうか。作り手の名前を育てるよりは、コンテンツのそのものの評価を積み増す、積み重ねる方が無難なやり方じゃないかと思います。

「コンテンツ」は「時間差コミュニケーション」

目の前で対峙して、時間を共有して会話するだけがコミュニケーションではありません。メールやSNSが発達した現代なら当たり前に近い感覚でしょうが、「コンテンツ」と受け手との関係、コンテンツを送り出す作り手と市場や受け手との関係も、基本的に「コミュニケーションの当事者」だと思います。

特に、「特定の誰か」をある程度想定はしながらも、完全に固定はしないで、「いつ、一方的に受け止めてくれるか」も完全な制御は難しいコミュニケーションです。そのコンテンツにたどり着くまでの前提条件、コンテンツに触れる環境や読解力、理解力といったものも完全に相手依存、コミュニケーションというには不確定要素があまりにも多いと言えるでしょう。

それでも、誰かが受け止めて初めて価値を持つのが「コンテンツ」です。特に「コンテンツマーケティング」で使われるコンテンツなら、前後の営業活動に貢献する必要もあり、丁寧なコミュニケーションというのを失念したままコンテンツを作ってしまうと、想定していないネガティブな反応を呼んでしまいます。コンテンツの向こうには受け取る人がいて、その人とコミュニケーションをする、関係を良くするために作るんだ、と。それを忘れずに作れれば、望まないリアクションは減らせるんじゃないでしょうか。

リアルタイム性が強いコンテンツであれば、対面のコミュニケーションとあまり変わらず、送り出す人の人柄や熱量といったものも添えて提供できますが、そうでないコンテンツの場合は、送り出す人の熱量や人柄が添えられない分、気持ちや想いを余計に込めておいた方がいいでしょう。

時間差のコミュニケーションを成立させる、あるいは時間が経っても質の高いおもてなし、気持ちのいいコミュニケーションを達成するのはとても難しいですが、真摯かつ誠実にクオリティを高めるようにすれば、その難易度は少しずつ下げることが可能です。「弱パンチでいい」とはお伝えしましたが、小さくても切れ味のあるコンテンツにして、少しでもいい触れ合いになるよう努力したいですね。

コンテンツを受け取る人と、どんなコミュニケーションをしたいのか。あるいは、どんな感想を持ってもらいたいのか。そういったことも作る前から考えながら、少しでもいいコンテンツを送り出す人になりたいな、というところで本記事を締めたいと思います。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2018.05.25

2018.05.25

Loading...
Facebook Messenger for Wordpress