『天才たちの日課』。秩序と無用の用とがポイントか?

2019.01.20

Twitterのタイムラインで流れてきて、目に留まったうちの一冊。近くの図書館にあるということなので、年末年始にかけてチマチマ読んでみたので、書評にかこつけたブログをゆるゆると書いてみる。

この記事は 約 6 分で読めます。

まずは、書籍のデータ。(書影は画像参照)

タイトル『天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』
著者メイソン・カリー
翻訳金原瑞人/石田文子
版元フィルムアート社

天才たちの、日々の習慣が纏められている一冊

小説家や哲学者、アインシュタインのような物理学者から、ベートーベン、モーツァルトなどの音楽家まで。主に欧米で活躍した天才、クリエイティブな方々や研究職な方々を対象に、どんな日々を過ごしていたかをピックアップして纏めた本。
お一人につき、だいたい1ページちょっとを、うん十人分。個人的にはよく知らない「天才」も何人かいたりするぐらい、欧米の天才についてはかなり網羅しているのでは、とも思う。

規則正しい生活を送った方々から、隠れながらクリエイティブなことに取り組んだ方々、破滅的なまでに薬やアルコールに溺れた方々まで登場する、実に興味深い一冊。中には、資料の問題等で実態とは違うものもあるようだけれども、まぁ、それはそれで楽しめば良いのではないだろうか。

クリエイティブな仕事を長時間ぶっ通しでやるのは、無理

全体的な共通項はとても少ないように思うけど、これだけは着実だろう。どの天才も、実際にクリエイティブなことをできた時間はそれほど多くはないらしい。分量的に多く見えたとしても、どこかで散歩に出かけたり、二時間や三時間ごとに区切って別のことをしていたり、気分転換を間に設けながら仕事に向き合っているようだ。

そのクリエイティブな時間を捻出するため、あるいは考えをまとめるために必要なルーティーンは人それぞれだったり、ムラがある人、ムラがない人も個人差や、時期によってかなりばらつきがあるようだけれども、クリエイティブなことをするためには、時間も体力も精神力も、そこそこのものを投じなければ難しい、というのは今も昔も変わらぬらしい。

「まとまった時間」と「集中できる環境」も、不可欠らしい

数少ない共通項としては、この辺も共通項っぽい。街中から引っ越して作品づくりに没頭する人もいれば、まとまった時間を捻出するために規則正しい生活を送った人も、少なくなかったようだ。中には、規則正しい生活を送りながら、安定した収入を得るために他の仕事をしながら創作に取り組んでいた天才も相当数いたらしい。
この辺りも、今も昔も普遍的らしい。

自分も、できる限り「まとまった時間」を捻出したい方なのかな。効率よく動いて、無駄を省いて、じっくり向き合うべき作業のために大きな時間を固めておきたいと思っている気がする。時間が読めるうちに動いてしまうのも、その一つだろうし、待ち合わせるぐらいなら先に現地へ赴こうというのも、その一つかな。細々した隙間時間を作るぐらいなら、無駄を省いてしっかり腰や頭を落ち着けたいと思ってしまう。

疲弊する精神や想像力とどう向き合うか

この答えは、天才一人一人によって違うようだが、ドラッグやアルコール、賭博や色気、身を滅ぼす方に向かう人が数人、他の創作物に触れてインプットに励む人が数人、日々の雑事、家事や日課、創作以外の趣味に求める人もいくらかいたようだ。

この辺の事情も、よく分かる。良いものを作ろうと思えば、それなりに「必要でないもの」とか「薬というよりは、ほぼ毒に近いもの」が必要だなと感じる瞬間は多々ある。体を動かさないと頭が動きにくいというのは、別の事情だろうけど、そういった「必要とは限らないもの」(=「無用の用」)も、創作やクリエイティブにはやはり欠かせまい。

より正確に言えば、「面白いもの」や「価値のあるもの」を生み出そうと思えば、「必要なもの」や「必要なこと」だけではダメだということ。一見無用に思えるもの、価値がなさそうに思えるもの、毒にしかならなさそうな危ないものも取り入れる、摂取していかないと、良いクリエイター、良い創作者にはなれないのだろう。その結果、身を滅ぼすのか、良い作品を生み出すのかは、その人の運命次第というところだろう。

強烈な個性は、「秩序と無用」で作られる

天才 = 強烈な個性の持ち主は、毎日をただ過ごすだけでは保たないんだろうなぁ。何かを発信したい、作りたい、研究したい。仕事や趣味に没頭して、人生を全うしたい。逆に、そういう方々、そういった生活をした方々が、たまたま天才と呼ばれるのかもしれない。

社会の求める枠にハマれる人、群れの中で安住できる人では、天才にはなれない。どこかに異常性を持ち合わせつつ、その異常性を更に磨き、育てるように「秩序と無用」を取り入れる。そんな毎日をコツコツ積み上げて、作品や自分自身を作っていく。

そういう努力、自分自身の壊し方や育て方、強烈な尖り方、必死な姿、懸命な背中が「面白い」を生み出すのだろう。

孤独な時間も、必要不可欠

でも、何より大事なのは「孤独でいられること」だろう。必要ないものを大量インプットするのにも、自分の技を磨くのにも、「一人の時間」が欠かせない。それに、社会に出てから「人と群れるより、一人で何かをする時間を持つ」ようにしなければ、創作活動やそれをひねり出すための生活なんて、送れるはずがない。

人付き合いをよくしながら、あるいは群れの中で楽しくやりながら、強烈な作品を生み出すというのは、まず無理だろう。安定した収入源を確保しながらも、しっかりクリエイティブな仕事に向き合う、成果を出し続ける、評判に結び続けるというのも、また至難の技。孤独な時間を積み上げて作られた強烈な個性、それを表現した作品や研究結果が受け入れられるかどうかすら、その人の運命だなんて、なんとも残酷でやりがいのある取り組みなんだと思ってしまう。

どちらかというと、「そういう人たち」に共感を覚えてしまう(いや、そう在りたい、ふりをしたいだけかもしれない)ので、自分ももうちょっと色々工夫して、何よりきちんと創作活動もやるようにして、天才にはなれずとも、「何かを残した人」ぐらいにはなりたいな、と改めて思いました。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2019.01.20

2019.01.20

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