Vol.12 日本らしさを考えてみる 1

2019.08.15

今の日本、あるいは今までの日本をどう捉えているか、どう考えているかも少し整理しておかないと、そこに対するカウンターとしての具体的な姿勢や動き方も曖昧なものになると思うので、いくつかの書籍も参考にしつつ、個人的見解の片鱗が少しずつ見えるようになれば幸いです。

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『日本経営哲学史』(林廣茂著 ちくま新書)を題材に

「日本らしい思想」をちょっと考えてみる

2019年6月10日に、ちくま新書から刊行された林廣茂氏(以下、林氏)の著書『日本経営哲学史 特殊性と普遍性の統合』(以下、本書)。大筋は間違っていないと思うし、かなり大掴みにはなるものの本書を読んでおけば、日本の思想面、日本流の経営哲学がどんな変遷を辿ったかを把握することはできるだろう。

ただ、補章を含めた全9章中、6章以降は林氏によるデータ分析、林氏の思考がぶち上げられているので、歴史的な部分だけが欲しい方は最後まで全部読まなくてもいいように思う。また、この手の書籍では避けがたい、後世の人間からした視線というのがそこそこ入っていて、林氏自身がどうもマルクス主義的というか、共産主義的な思想に少し寄ったところに立たれているようにも思うので、バイアスが全くかかっていないと思って読むのもオススメはしない。

「経済史」という点では、上念司氏の『経済で読み解く』シリーズの方が正確、実態に近いと思われるので、その辺りを求めている方はそちらを読まれた方がいいでしょう。経済学の講義としても読みやすいしね。

と、一旦断った上で本書に対する違和感をいくつかピックアップしよう。

違和感1. 儒教に重点を置きすぎ

神道と儒教のメタ統合説は厳しいのでは?

日本の思想史、精神的な要素として、神道と仏教という二大宗教のメタ統合、神仏習合に異議を唱えるつもりはない。「本地垂迹」というウルトラCで仏と八百万の神々とを一つにするのは、見事という他ない。

そもそも、日本にやってきた仏教のうち、大乗仏教というタイプの仏教が広まったのも、元々日本にあった自然信仰と習合したからで、元々の仏教には無い要素が目一杯取り込まれている。日本の中で様々な宗派に分かれて行くのも、仏教の面白いところではあるが、ここではそこまで深入りしない。

もちろん、儒教、朱子学や陽明学も大陸や半島から到来しているし、戦国時代や江戸時代にはかなり普及した。兵農分離を経て、先頭の専門家である「武士」という身分が確立し、やがてその軍事力を背景に政治や経済を取り仕切って行くタイミングで、身分の上下や社会秩序を浸透させて行くためには、儒教は好都合だったのだろう。

古くから、「中国に学べ」と身分の高い人、エリートが勉強するものといえば漢文や漢詩、特に「四書五経」ということになると、その中には「論語」も入っているから、儒教を学ぶ人も少なくなかっただろう。儒教の「四徳」や「五倫」という要素も道徳を身につける上ではメリットがあっただろうから、それらを一切否定するつもりはない。

ただ、そういう儒教を、神道や仏教と集合させた儒学、吉田神道の影響力が大きかった、強かったと押し通すのは無理があるように思う。宗教側の権力闘争の結果、時の幕府と強い結びつきを得ていたのかもしれないし、臨済宗のような禅宗から儒学者に転ぶ人もいただろうが、それだけ儒教が強かったのなら、賀茂真淵や本居宣長と言った国学者が出てくることもなかったはず。

権威主義、権力構造を固定する時に儒教という道具は非常に便利だし、そういった点を明治維新後の政府も使っていたのだろうが、それだけで押さえこめるような国家、国民ではない。儒教、朱子学の矛盾点を鋭く批判し、日本の原点へ立ち返る学者が江戸の中期から末期にかけて出てきたのは、儒教の習合は上手く行かなかったという証左にはならないだろうか?

違和感2. 陰陽道、修験道を無視している

北極星信仰、古神道と道教などの習合もこの国にはあった

陰陽道、陰陽寮はどうしても「歴史の裏」というか、官僚的な立ち位置になりがちで語られないし、修験道も、「ただ坐るだけ」を掲げた禅の一派、曹洞宗のような身体性の高さ、言葉にしない要素を持っていて、語られにくい。「山伏」とも言われるように「都市や農村以外に住む人」であり、表の民には数えられなかったのかもしれない。

それでも、明治5年に修験道が廃止になる頃には17万人もの先達(=山伏)がいたとも言われ、当時の人口からすれば100人に1人ぐらいは山伏だった(ただし、男性のみ)という情報もある。

ようするに、宗教としては(古)神道、(主に大乗)仏教、道教と陰陽道(北辰信仰、妙見信仰)とが、切り口や表現の仕方を変えて、集合するところは習合し、分派するところは分派して日本国中に展開していたのではないだろうか。これに加えて、北海道や沖縄の独自の宗教、宗派もあっただろう。神仏習合に陰陽道+禅、あるいは道教+禅のように、少なくとも3〜4種の宗教がメタ統合していて、その上に儒教が載っかったと考えた方が自然に思える。

神道だって、全くもって一枚岩ではない。古事記や日本書紀であれだけややこしい記述がなされているのは、各地に散らばった信仰を組み入れた証拠だろうし、メインストリームに入らなさそうな民話や、偽書とされそうな先代旧事本紀みたいなものもある。全てが全て真実ではないとしても、それぐらいややこしく、語られない宗教、信仰というのが、2000年以上の歴史を持つこの国には埋められている。

その中で、この国の「思想史」、「らしさ」を儒教や吉田神道が担った、牽引力になったというのは少々無理があるように思う。

違和感3. 儒教がキモなら、半島や大陸と変わらない

半島や大陸と度々断絶するのが、この国らしさ

神仏習合に儒教を加えた吉田神道、儒教をコアに据えた武士道や商人道があったから、この国らしさが出来上がってきているというのは、強い違和感を抱く。儒教がポイントだったのなら、中国大陸の歴代王朝、朝鮮半島の歴代王朝と大差ない思想や歴史が育まれていたはずだが、全くそうなっていない。

大陸や半島の国家、王朝と付かず離れず、時々距離を置く姿勢を取っているのは、考え方が違うから。「島国だから」では済まない理由が隠されているとすると、それは「儒教」をどっぷり取り入れなかったのも、一つの要因ではないのだろうか?

儒教を掲げ過ぎれば朝鮮半島の歴代王朝のようになるだろうし、書き文字や知識だけを重視してしまうと中国大陸の歴代王朝のようになるだろう。そのいずれでもなかったから、「日本らしさ」を導き出したのでは?

何かと言えば、事あるごとに儒教に置き換えて解説する節があるように思える本書だが、そんなに儒教的な考えを大事にする理由があるだろうか? 確かに今でも経営理念といえば「論語」だろうが、それだけで通用することもないし、それだけでは日本らしい経営哲学にはなり得ないのでは……。

儒教はマルクス主義、共産主義と相性がいい?

易姓革命と共産主義の暴力革命は、通じるものがありそう

なんとなく、林氏の思考、思想に戦前の日本を否定したい意思が隠れているような気がする。いわゆるマルクス主義者的な立場から、ちょっと歪んだ視線で日本の歴史を眺めている、語っているように思えるのだけれども、気のせいだろうか?

儒教は、権威主義、権力主義に都合のいい価値観を含んでいる。上のものを立てろ、身分をわきまえろという思想が、隠されている。そして割と暴力的な香りも、その思想体系に持っている。この、権威主義、権力主義。あるいは形重視、書いてあること重視のスタンスが、なんとなくマルクス主義、共産主義と似ているような気もする。

ようするに、幻想を追いかける。今いる場所から過去を眺めて、今の理想で歴史を「こうだった」と書こうとする。これが、日本のような自然災害の多い国、人間より自然が畏れ多い国とは相容れない。日本の場合、「今、目の前にある現実」とどう向き合うか、身体がどう感じるか、自然とどう向き合うかを優先しないと、形優先、幻想や理想重視では生きていけない。

つまり、儒教は「日本らしさ」のコアに習合、メタ統合されたとはとても思えない。あくまでも便利なツール、都合のいい道具や教材として用いられていたに過ぎないのではないだろうか? 儒教の影響は、中国大陸や朝鮮半島ほど大きくないのが、日本らしさの一つのポイントじゃないだろうか。

儒教より、修験道、禅、陰陽道

身体性や自然信仰と、禅問答、認知、自然科学が、日本らしさの一端

言霊の国だとは思うけれども、それ以上に記されるものや見えるものより、見えないもの、身体性を大事にする国。数々の「道」や様々な職人。修行を経た技や、口伝や一子相伝の奥義など。「家」という仕組みも大きいのだろうけど、見て盗む、身体で覚える、肌感覚、季節感を大事にする。そこはやはり、災害が多いからこその自然信仰、その要素が非常に大きいように思う。

海に囲まれた島国であると同時に、より身近にあったのは山であり、川であり。山は修行の場であり、職人たちの仕事場であり、天狗や妖怪、忍者の潜む場所でもあった。山伏を天狗と見間違えた、というのもよく見る話。

大宝律令を作るときから存在していた陰陽師、陰陽寮も、実態は天文博士、暦に関する人たち。天の動きだけでなく、自然の移ろいや人の移ろいにも詳しく、情報や人心掌握にも通じているとなれば、調略を駆使する軍師にもなり得る。易や占い、呪いも、世の理、心の理を駆使すれば、不可能ではなくなる。

僧侶の修行、禅宗の修行も己の心理や認知機能、感情の制御性を磨く一助になる。自分の内側に対する自然科学、心理学にもなりえた。

目の前にある自然や、自分の身体(の内側と外側)と向き合う文化がしっかりあって、そこに言霊だなんだの文化、儒教だなんだの道徳なりモラルなりが層を成すから、日本らしさが生まれる。富士山が積層を成して出来上がっているように、日本人は魂も考え方も層を成して出来上がっていると考えるのが、自然な気がする。

真ん中は空っぽにして、心と身体、アタマとココロ、理性と感情、相反しそうな要素がバランスする。その状態、形を目指そうとするのが、日本らしさ、思想なんじゃないかなと思うんだけどいかがでしょうかと言うところで、次に続く?

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2019.08.15

2019.08.15

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