Vol.28 これからの時代、理念はもっと大事になる

2019.09.12

ちょっとずつ具体的なこと、と言いながらも包括的、概念的な話題というボワッとしたところに入って行こう。相変わらず、文献もデータもガン無視、個人の感想、肌感覚を足がかりに、根拠のない無責任な放言を繰り広げよう。

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表面的な価値や利便性の勝負を避ける

利益性というドロ沼対決は、骨折り損になりがち?

一つ前の記事「パラダイムシフト2」で、個人の願望強目に、消費者の一部、分かり合おうという姿勢を取ってくれる、心や生活に余裕のある消費者は、「お金」に比重を置きすぎた「バリバリの商業主義」と、それを宣伝広告してくるメディア、コンテンツホルダーの姿勢に嫌気が指しつつある(のではないか)、と触れた。

資本主義は便利だし、お金を介してモノやサービスをやり取りする、なんらかの価値や行為を交換する市場があるのも、非常に有益だというのは分かっているけれども、その一方で、余りにもテクニカルかつ不誠実なニュアンスでモノを勧められる、メリットがあるとちらつかされる、上から小馬鹿にされたような感覚で何らかの提案をされるのは、正直に言って嫌だ、と。

でも、そんな「仕組み」の中で他人を出し抜こうと思えば、どれだけモノやサービスが良いか、どれだけ市場価値があるか、どれだけコストダウン、時短ができてメリットがあるか、どれだけストレスなしに便利さを享受できるか、「比較の殴り合い」を制して自分たちをアピールしなくちゃいけない。

実は、その頑張りや取り組みの過程そのものに対して、一部の消費者は引いていて、やればやるほど「違いを分かってくれそうな良客」、「長く関係を続けていくと良い関係が築けるかもしれない顧客」は遠ざかっていく。血で血を洗うというか、札束で殴り合うみたいな、文字通り身を削るような厳しい戦いへ入っていくのに、「(比較的楽して、無理して頑張らずに)得られそうな利益幅」はどんどん小さくなっていく。

このトラップ、ジレンマに、果たしてどれだけの人、企業が気が付いているのか。ほとんど気が付いていないか、気が付いていても変化を誘発せずに諦めているか。そちらが多数派な気がするけれども、いかがだろうか。

これからのポイントは、いかにその無謀な戦い、無益な戦いから距離を取るか。いかに、戦わずして勝つか。表面的にやっていることは同じに見える、あるいは使われるテクニックやノウハウは同じものだったとしても、目の付け方や根本的な構え方、目先の目的や目標を変えて、上手く交わす。変なことをやっていると悟られることなく、競合相手に対して「同じ勝負にお付き合いしていますよ」と見せかける。その上で、全く質の違う結果、結びつきを得られるように画策する。この戦略、「戦いの省き方」が大事になってくる。

つまり、パラダイムシフトできていない人たちが一所懸命やっている、表面的な価値での勝負、利便性や利益、機能性の勝負にこちらから入っていかない、別の打ち出し方、勝負を考える、無駄な消耗を避けて有利な体制づくりを思考する、ことになる。

別の打ち出し方 = 「理念」、「(ブランドの)世界観」

「独自の理念」で「近いものの比較」闘争から離脱する

旧来の資本主義、というかここ20年や30年ぐらい興盛だった「比較しやすい利益」やマーケティング等のテクニックを駆使しまくったやり方「じゃないもの」で、勝負することを考えましょう。端的に言えば、市場的価値に置き換えにくいもの、パッと聞くだけでは分かりにくい部分、必ずしも歓迎しにくい要素も持っているもので、勝負しましょうよ、と。

それが「理念」や「世界観」、ブランドスローガンやメッセージというワードになってくる。「理念が大事」なんて、今更言われる話でもないし、その理念が出来上がった背景、「ストーリーが重要」というのも、いくらでも転がっている「テクニック」の一つ。でも、よくよく考えて欲しいのは、その「理念」は「本当に理念ですか?」ということ。「ストーリーでの差別化って、本当にできるんですか?」というのも、よくよく考えていただきたい。もっとも、その答えは「できない」なんですが。

理念や世界観、ブランディングで大切なのは、創業者や経営者が「どんな未来を思い描いているか、実現したいと思っているか」。その未来に、将来の自分がきちんと含まれているか、実現したい未来で生きている自分をリアルに思い描けるかが、非常に重要になってくる。

よくない「理念」というか、「理念が大事と言われるから定めた」ような理念は、たいていコレが欠けている。木に竹を接ぐような、「本当にそんなこと、考えてます?」とツッコミを入れたくなる理念を掲げている会社さんが本当に多い。あるいは、綺麗事だけ、醜い要素を全て削ぎ落としたような理念、ブランドイメージを掲げているところも多い。

そのキャラクター設定、物語で出来上がる「会社のストーリー」で、競争が優位になるだけの差別化、できませんよね? 多分、どこも似たり寄ったりな特徴に収まって、多少途中のイベントや、起こった時期が違うだけの「何度も見た都々逸」にしかならない。「何度も見た都々逸」をやっているところが少ないうちは効果があったでしょうが、今はもう役に立たないでしょう。役に立っているつもりなら、向き合っている相手が悪い。違う人を相手にした方がいい。

理念を掲げる側の、自分ごとであること。一般的にはひんしゅくを買うかもしれない要素であっても、そこに人として矛盾がないなら切り捨てない。醜い部分、デメリットの部分もしっかり盛り込み、エゴ丸出しでも「自分たちはこうしたい」をガツンと掲げているかどうか。これからの時代はそういう理念、価値観の方が優位になるんじゃないでしょうか。

なぜなら、「そういう理念」の方が競合しにくいから。「表に出すと恥ずかしいこと」や「ひんしゅくを買うかもしれないこと」、「一般的にはマイナスの要素も含んでいるもの」は、相手も中々打ち出せません。競合がそもそも少ないところに、もう半分の「良いこと」や「自分たちならではの強みや特徴」が載っかれば、丸かぶりすることは少なくなるでしょう。

似たような理念、近しい理念を掲げているところと競合することになったとしても、その時はきっと手を取り合える、結び会えるはず。お互いの強みを持ち寄り、新たなコラボもできるのなら、独自の理念を掲げることのデメリットはそれほど多くないはず。

もちろん、掲げたときの反応によって、一時的に敵対する相手や、そもそも遠ざかってしまう人も出てくるかもしれませんが、そういう人は相手にする必要もないでしょう。自分たちは何者で、どんなことをしたいのかを分かってくれる相手に、頑張りどころを適切にした商品やサービスをしっかり提供する。無理な値下げや無理な販促をしなくても買ってくれる人、長く関係を築きたいと思ってくれるお得意様を獲得していく。そういう考えの方が、供給側にも需要側にも優しい社会がやってくると思っています。

頑張る拠り所を、自分たちの外に委ねない

理念なしでの努力は、動機も結果も市場に左右されてしまう

「理念なんていらない、とにかく目先のことを頑張るだけ」という方々も決して少なくはないでしょう。ひたすら努力して、「利益を上げる」、「社会の役に立つため」にがむしゃらに働く、とか。それも悪いことではないですが、それでは結局、満足感を得られるかどうかが相手基準、市場基準になる罠から抜け出せません。

「理念の実現や達成」がない、あるいは「理念」そのものに含まれている市場性(お金で置き換えられる度合い)が高い場合、努力のゴール、頑張りのゴールも、「商業主義」の中に納まってしまう。商業主義、「いくら稼げるか」、「どれだけの利益になるか」、あるいは「どれだけのユーザー(=財布)を獲得するか」が目標や目的になると、先は見えないままひたすら頑張り続けることにもなるでしょうし、「それを実現させてくれるか」の主導権は常に、市場の向こう側にいる「相手」やその市場を作り出している社会、世間にあります。

自分の頑張りが、自分のコントロール可能な範囲に返ってこない、自分の努力の成果に、自分で影響力を及ぼすことができない。『7つの習慣』的な表現を借りれば、これは「関心の輪」の一つになる。ここにどれだけ集中したところで、自分は豊かになり得ない。資本主義というのは、みんながラットレースをやることでもありますが、「関心の輪」のラットレースはあまりにも虚しいというか、あまりにも危険。好き好んでやりたいのなら止めませんが、オススメはできない生き方です。

頑張りの成果や頑張り方すら、相手や市場に左右される。「どう努力するか」や「何に頑張るか」、言い換えれば「どう生きるか」を第三者に握らせる形になるので、仮でも良いので「何らかの理念」や「金銭的な成功以外の自分たちのゴール」は設定した上で努力されることをオススメします。

理念が不要になることはない

『意味のある「理念」』はますます重要になっていく

嘘の理念、自分たちも実現しようと思っていない理念は、一刻も早く捨てましょう。誰の本音でもない、建前だけの美辞麗句、どこかで聞いたような都々逸ストーリーも、フレーバーがちょっと違うだけの『プロジェクトX』も、無用です。

飾らない在りのまま、自分たちが実現したい世界観を恥ずかしがらずに掲げましょう。ネガティブに思えるかもしれない衝動も、醜く見えるかもしれない願望も、どうせ誰も見てないし、やいのやいのいう人に見つかっても良いと肚をくくって、ガツンと打ち出しましょう。

お行儀なんて気にしないで、みんなが自由に、でも掲げるからには責任を持った理念をぶち上げる。誰にも真似できない、真似されることもない独自の理念、個性的な理念がいっぱい溢れる世の中になれば、今よりもっと面白い社会になるんじゃないかと、こっそり思ってます。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2019.09.12

2019.09.12

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