Vol.30 中はアマチュア、外はプロ。アマチュアリズムも大切に

2019.09.18

何の根拠もなしに、永らく溜め込んできた言葉をアウトプットしていくシリーズ。これを先にやっておいた方が、他のネタが書きやすかったかなと思いつつ、前後の流れからこのタイミングで書くことに。内発的動機付け云々の話を、自分流に書いてみる。

この記事は 約 8 分で読めます。

仕事において、プロフェッショナルなのは良いことだけど……

何から何まで「商売」の目で見る、考えるようになる?

自分や自分たちの外側から見て、あるいは「市場」や「社会」のような多くの第三者がいる場所から見て、価値があるか、売れるかどうか、質は十分に確保されているかという見方、考え方は非常に重要。いくら大事な理念、壮大な理想を掲げていても、それを実現するだけの行動、市場やお客さんが認めてくれるだけの品質を実現する、提供したいクオリティに至れるだけの技術、テクニックも重要だろう。

それらを、きっちり「仕事」として認められるだけのスピード感、コストを上手に管理、マネジメントして利益を上げる、事業者として継続していけるだけの環境を作る、経営していく術も持っておいた方がいい。

そういう意味では、プロであること、プロフェッショナルで在り続けるという努力や姿勢というのは、誰かに何かを提供する上で欠かせない前提条件の一つ、ぐらいは言ってもいいかもしれない。自分や周りを見渡してみると、「その水準」を満たせていない商品やサービス、一挙手一投足というのは意外と見つけられる、というかそういう「やや残念な仕事」の方が多いかもしれない。

だからこそ、外形的に「どこからどう見てもプロ」であるというのは十分な強みだし、どの市場に出しても通用する価値があると認めてもらえる、プロフェッショナルであるというのも良いことであるのは間違いない。

ただ、一つ前の記事で触れた「マーケットイン」にも通じる話だけれども、「プロであるか否か」はどうしても「市場」や「相手」に判断基準を委ねがち。お金になるかどうか、交換するだけの価値や魅力があるかという観点でも見られがちになる。

「仕事だから」、利益になるかどうか、プロとしての立ち居振る舞いというのがあるのも分かるんだけど、それだけで「自分がどうあるか」や「自分が何にどういうスタンスで物事に打ち込むか」や、時間やお金、その他のリソースをどう使うかを、他の誰かに決められたくないという気持ちもある。

資本主義の世の中では、「お金を稼ぐこと」や「利益を上げること」が重要なのもよく分かっているし、それらによって自分も相手も社会も徐々に豊かになっていく、発展していく作用があるのも理解はしている。理解はしているけれども、それでは全ての原動力が外発的。外からの働きかけを動機づけとして行動した場合の喜び、報酬は、やはり外側で価値のある報酬しかやってこない。

「それで良いじゃない」という考え方一本で、「そうでないことは趣味でいい、余暇でやれ」という人もいらっしゃる。いらっしゃるけども、自分はその仲間には多分なれない。目の前の仕事、一つ一つの行動に対して、「自分がどうしたいか」という内側からくる衝動、内発的動機づけに基づいて動く人で在りたい。

仕事を通じてやりたいことがある、生きていく上で最も多くの時間を費やすことだからこそ、心の内側からも自分で満足できることに取り組みたい。そこで満足できるか否かの判定、判断基準を他人や外部に委ねたくない。自分で自分の人生を歩んで生きたいからなのだけれども、そんなふうに考える人は少数派なのだろうか?

どう生きるか、どう働くかのど真ん中は、アマチュアリズム

「自己実現」は是非、愛好精神、求道者スタイルで

プロフェッショナルに対して、アマチュアリズム、アマチュア精神というと何となく「上か下か」みたいな感覚にもなりそうだけど、必ずしもアマチュアリズム、アマチュア精神が劣っているもの、価値がないスタイルとは限らない。

アマチュアリズムの最大のポイントは、「好きか否か」。尖りまくった人であれば、その「好き」はとことん個人的な「好み」、先鋭的過ぎて他の誰も付いていけない、理解できない場合もあるけれども、それを他の誰かが否定することはできないのも、アマチュアリズム。「プロ」の世界にも「好き」や「愛情」めいたものがないとは言わないが、その「好き」や「愛情」の結果が外から見てどう判断されるか、どれぐらいの価値と認められるかが外せない。どうしても、大事な部分が自分よりも他人、自分の外側に置かれがちになるのが、「プロ」の悩ましいところ。

「アマチュア」はその点、「市場性」や「価値」なんて関係ない。自分が「どれだけ好きか」、「どれだけ楽しめるか」、「満足できるか」だけが問題だから。もちろん、「アマチュア」の世界でも「勝負」や「比較」、「ランキング」というのはあるけれど、それはその時、外から見た時の模様、「自分の好き」が似たような土壌の中でどの位置にあるかを知るためだけの行為だから、負ければ悔しい思いもするけれど、それまでやってきた行為が無価値になるという話ではない。取り組んできた時間こそが最大の楽しみ、つぎ込んだリソースの分価値のある自分になれたかは、自分で決められる。

「好き」でないと分からないこと、「好き」でないとやろうとしないこと、「好き」を突き詰めないと見つけられないこと。それらに市場的価値があろうとなかろうと関係ないんだけど、そういう「好きの産物」こそ、イノベーションの材料になったり、新しい産業を生み出すきっかけになったり、とんでもないブランド価値を持つ商品、サービスを生み出しちゃったりする。

「プロ」という観点だけでは生まれないもの、生まれる可能性が微塵もなかったものもいっぱいあるし、今はどうしても「市場性」や短期的な利益を見過ぎた商売、起業が多いから、「数寄者の道楽」みたいな個性的なもの、文化的な価値がたっぷり詰まった「分かっている」商品やサービスが少なくなって来ている、ような気がする。

商品やサービスを提供する側が、「それ」を好きでないと分からないこと、気が付かないことが沢山ある。無数にある分野の中の、それこそ無数にある「小さな違い」を見つけ、長年追求し続けないと見つけられない「未来」もいっぱいあるのに、「プロ」であることを求めすぎてしまうと、そういうものが全滅してしまう。アマチュアリズムを遠ざければ遠ざけるほど、結果的に貧しくなっていくことに繋がる。

好きだからやっていること、極めたいと思っているからやっていることは、内面的な充実をもたらしてくれるし、何に力を入れるか、何に取り組むか、どこで追究を終えるかを自分で決められる。何が良くて何がダメかも、自分の嗜好、自分の価値観で決められる。「プロ」はどうしてもこの辺りを他人、自分以外に持たせてしまう。そうすると、内面的にも充実できるか、楽しみを感じられるかも、自分だけで完結できない、「関心の輪」に入っていく。これで、自由や自律、自己実現は難しい。

自分で自分のことをコントロールする、自分だけで完結できる状態を一つでも多く作っていくためにも、アマチュアリズムは欠かせないし、「お金になるか」を外しきれない「プロ」では、「自分の喜び」でどこまでも行ってしまう「アマチュア」に勝てない時が来る。アベレージはプロの方が良くても、限定された局面では「好きな奴」の方が強い時もあるしね。

でも、アマチュア100%で仕事されるのも困る

だから、「士魂商才」。動機はアマチュア、行動はプロ

「士魂商才」の「士魂」はアマチュアリズム、求道精神を指しているのだろう。似て非なる言葉「和魂洋才」の「和魂」も、「自分たちらしいこと」を指すのであれば、市場性のあること、科学的な客観的なことも大事にしながら、コアの部分、根幹の部分は決して他者に委ねないという立ち方、構え方が重要だということを伝えているのではないだろうか。

「アマチュアリズム」を外に出す、相手や市場に出してしまうと、「舐めているのか」と言われかねないし、コアの部分、理念や精神的な部分で、「市場性」や「商売っ気」が入りすぎると、「卑屈すぎる」になりかねない。自分はどう在りたいか、自分はどういう世界を実現したいか、目指したいか、コアの部分、内側の精神的な部分をアマチュアリズムで、それを相手や市場に出す際には客観性、市場的な価値、技術的な確かさを担保できる「プロフェッショナル」で考える。この組み合わせがベストなのではないだろうか。

「自分はこうしたい」、「これが好き」という部分に、市場性を持たせ過ぎない。でも、それが「分かりやすいか」や「受け入れられやすいか」をプロの目で、客観的な目で考えて、場合によっては塩梅を変える、整える。分かりやすさ、(万人に)受けやすいかのバランス、どんなテイストがいいかの調整は、それぞれのケース、出したいブランドラインでも変わるだろうから、そこを上手にチューニングできるか、腕や考え方の見せ所だろう。

ここのバランスが悪い人、逆になっているケースも多々あるけど、外側に出す部分はとことんプロフェッショナル、普遍的な物差しで見て、質や考え方を磨き続けたほうがいい。原理原則、セオリーを踏まえた上で、極めに極めた中身をしっかり出す。中身を生かすためにも、アウトプットの技術をアマチュアリズムも駆使して高めていく。そういうやり方が、ベストなんじゃないかと思う今日この頃です。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2019.09.18

2019.09.18

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