Vol.36 みんな、そんなに輝きたいの?

2019.09.21

「全ての女性が輝く社会に」みたいなコピーを見たときに、不意に抱いた違和感も、このタイミングで吐き出そう。より良い社会を目指すことに異論はないけど、そもそも全ての人間は輝きたいと思っているのか、その考えを振りかざしてもいいのかということを、無責任にぶちまけていく。

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暗がりを好む人もいる

輝きとかスポットライトとか、苦手な人もいる

それこそ、個人的にはそっちのタイプだ。過度に注目されたくもないし、メインストリーム、日向をガンガン歩きたい、そこで生きていきたいともあまり思っていないし、「そういうもの」や「そういう人」の方が馴染みやすい、好きだったりする。

別に、「アンダーグラウンド」さとか、サブカルっぽいものだからとか、必ずしもそういうことではなくて、過度にキラキラしたものが嫌いだとか、積極的にジメジメしているものが良いとかっていうことでもなく、あまり飾ろうとしていないもの、自分らしさのまま、何気ない毎日を何気なく過ごしている人、そういう日常の方が、個人的には食指が動く。気分的にも馴染みやすい。

日陰者というか、「けなげ組」? 亀田製菓の「柿の種」の裏に描かれているキャラクターのことなんだけど、決して目立つこともなく、取り立てて感謝されることもないけど、存在していないと困るタイプの、目立たないバイプレイヤーたち。活躍していることをひけらかさず、どこで役に立っているかも大きな声で言わず、存在感を全くアピールしないで淡々とそこにいる、そこにある人やモノたち。そういうもの、どことなくいぶし銀というか、輝いたとしても鈍い光を返して来るタイプのモノがいい。

「けなげ組」というか、いぶし銀なバイプレイヤーで良いなと思うところは、過度に分かってもらおうとしないところ。自分達の凄さを強くアピールしないこと。ただ淡々と、「為すべきことをやっています」みたいな姿勢、磨きに磨いた凄技をつるんとした顔で当たり前のようにやってのけるところ。そういうところが好きだから、「けなげ組」や「いぶし銀」の方々、自分達で積極的に輝こう、注目を集めようと思っていない人たちに、外から「輝こう」と声をかけすぎる、プレッシャーをかけにいくのも、あまり良いこととは思えない。

輝くことって、そんなに素晴らしい?

輝かない生き方、輝きたくない人がいても良い

「そりゃあ、人生一度くらいは輝いた方がいい」とかすぐに考える、早合点しちゃうのは、それが心地いいというか、そういう生き方しか目に入っていない、陽キャやただのバカだけだろう。自分が気持ちいい生き方、自分が気楽な生き方が、誰にとっても素晴らしいことだと考えている脳足りんとは、個人的に仲良くなれるとは思えない。

無理して輝かなくたって、楽しい人生は過ごせるし、輝くことが当人にとってしんどいこと、多大なストレスがかかることもある。その人の、「自分らしさ」を強引に外から捻じ曲げて、その人の「ありのままの良さ」、余人には分かりにくい良さ、希少な素晴らしさも、全部失われてしまうかもしれない。

そういう繊細なモノ、目に見えないものや見えにくいものを無視して、ガンガンと自分達のさじ加減だけでいうことを聞かせようとする体質、考え方。そういうものが、本当に嫌いというか、好ましく思えない。

もちろん、誰かにとって注目される人でありたい、とは思うだろう。線香花火ぐらいの輝きは、自分も欲しいと思う瞬間もあるかもしれない。でも、それはそこら中の人、自分の知らない人にまで伝えたい、ひけらかしたいということでもなく、その人が大切にしたい人、振り向かせたい人にだけ届けられればいいということもある。

そういう、絶妙なさじ加減、繊細な良さを活かしながら、繊細な人たちにも楽しく生きてもらう、気楽にありのまま人生を過ごしてもらう、そういうことこそ、ちゃんと考えてもらえる世の中にしてもらいたい。

弱くても、輝かなくても、そのまま生きて行っていい

「その人らしい生き方」は、千差万別。押し付け厳禁

「多様性の世の中」というのなら、「どんな生き方が望ましいか」というのも、無理に掲げないようにして欲しい。もちろん、「大多数はこうした方がいい」という生物としての傾向、動物としての性向、公共を考えた上で望ましいアクションというのもあるだろうけど、それはそれで踏まえた上で、そこから外れる「違うもの」も許容される世の中であって欲しい。

多数派の生き方でないとか、みんながそうしている在り方を目指していないとか、そういうところで「変わっている人」を攻撃する口実を作って欲しくない、非難されるきっかけを作るようなことはして欲しくない。「全ての女性が輝く社会に」みたいなスローガン、キャッチコピーは、微妙な危うさをはらんでいると認識していただきたい。

強くなるのがしんどい人、向いていない人もいる。輝くことが辛い人、日陰にいたい人、注目されたくない人もいる。特徴的な強みを持っていない商売もあるし、圧倒的な実績を持っていない企業さんもいる。勝者になることが難しい人や、一般的な物差しから外れてしまう人たちも沢山いる。

でも、そういう人たちであっても、外からの圧力で変に変わろうとしなくていい。弱いなら弱いまま、輝くことが苦手なら輝かないまま、ありのままの状態で、何気ない日々を過ごして欲しい。そういう自由さ、個々の表現の自由、生き方の自由を受け入れる、保障するのも、コレからの時代、本来のダイバーシティを迎えるにあたって重要な考え方、必要な寛容さではないだろうか?

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2019.09.21

2019.09.21

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