Vol.37 働き方改革は、暮らし方、生き方改革

2019.09.25

巷に溢れるワードに対する違和感、それに対して考えたことも、このタイミングで吐き出しておく。今回も、文献もデータも、何の証拠もなしに言いたいことを無責任に書き散らしていくので、あしからず。取り上げるのは、「働き方改革」。

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「働き方」だけを改革したくても、限界がある

「働く」の向こう側も、「働く」に合わせた「働く」もある

働くということは、その出力を受け取る消費者、消費者に至るまでの間をつなぐ「(経営者や)働き手」がいる。一定規模の「働く場所」や「働く時間」がおおよそ揃っているのなら、「働き手」に向けた「飲食」業、「働き手」を運ぶ「旅客」もある。「働いている人の慣習」が、一般の消費者だけでは成立しなさそうな、各種ギフトや金融、郵便や配達、オフィス向けのインフラ、不動産の売買も「働く」に紐づいている場合もある。託児所や保育所、様々な学校だって、「働く」に連動している。

自分が「働き手」でなくなっても、誰かが「働き手」になっていて、「働き手」でない時間は消費者としてモノやサービスを利用する。「従来通りの働き方」向けに用意されたサービスや、多数派に都合よくデザインされた街やインフラに「合わせて」生活する。

ここで勇気を出して、「従来の働き方」や「多数派向けの街のカタチ、ルール」を逸脱して、自分の自由、ポリシーを貫いて商売、仕事をしたとしてみよう。「毎週週明けには開業しているけど、土日には営業していない理髪店」とか、「水が綺麗だから、人里離れた山奥に小洒落た飲食店」とか、「従来の金融機関が空いていない時間に窓口を開ける銀行」とか、「深夜でも土日でも作業するけど、相手の支払いサイトを無視した費用請求するクリエイター」とか、「深夜しか動いていない公共交通機関」とか。

万に一つぐらいは成功するかもしれないが、長続きとか、定着というのは夢のまた夢だろう。何せ、「働く」には「受け手」、「利用者」が関わっている。商売をする上で、「相手の都合」を無視した打ち出し方というのは基本的にマイナスに働く。それに何より、「利用するために特別な負担」を設けるものは、利用者側の生活に定着しない。「利用者のいつも」というのは案外大きな影響力を持っていて、その数少ない「定番」に入れたものは、その後は大して頑張らなくても生き残っていける。

「多数派」や「従来の働き方」から逸脱する場合、「利用者の頑張り」を求めることになる。その「コスト」に見合うだけのリターンがあればギリギリ続いていくだろうが、大抵は途中でサジを投げられ、「今どうなってるんだろう?」と思い出してもらえれば御の字だろう。

多数派の習慣化された動線、そうしやすくなる街やインフラ、サービスのデザイン。これらを無視して、「新しい働き方」を模索してみたところで、限界は割と早いところにある。乾いた雑巾を絞るような「改革」は何だか息苦しさを覚えてしまうので、何とかしたいとは思うけど、この課題の思わぬ巨大さ、困難さを少しでも想像してみれば、途方に暮れてしまう。

「生き方を揃えて、沢山売る」スタイルも、変えていく?

官公庁、大企業中心スタイルのままでは、「改革」は進まない

新しいこと、新しい働き方を考えるにしても、「今の働き方(や暮らし方)」に合わせた方がいいと思うのは、そちらの方が「数が見込める」から。飲食店を出すにしても、「一般的な就業時間」や「どこに人が集まりやすいか」を考慮して、売上が見込めそうな組み合わせをまずは考えるでしょう。その時間から外すにしたって、同業他社や同地域の他店が何をやっているかを見込んだ上で、戦略を組み立てるのが妥当なのでは。

オフィス街に打ち出すのならオフィス街に合わせる、または他店がカバーしていないところを逆撃ちしにいく。ベッドタウンの駅前に出すなら、ベッドタウンの駅前に、ロードサイドならロードサイド、住宅街の近くなら住宅街。対象がサラリーマンであればサラリーマンに、主婦相手なら主婦相手に、子供も織り交ぜて考えるなら、子供のいる家庭に合わせる。

利用者の多いところ、一定のボリュームゾーンに合わせて、それを受けた「働き方」が作られる。この「ボリューム」を事業者側が自由自在に動かせない、誘導しきれないから「働き方」もそれほど大きく変えられない。

ただ、「向こうの思考」や「向こうの習慣」は基本的に、官公庁や大企業の都合、ルールに合わせて作り上げられている。中小企業、地場産業、自営業の方々もいらっしゃるだろうけど、その商流やエンドユーザーから官公庁、大企業の存在を外すことは難しい。全ては繋がっている。

つまり、官公庁や大企業の「ここに人を集めて、こう働いて欲しい」と「(いつまでに)こんな仕事をして欲しい」に振り回されているということ。彼らの「働いて欲しい場所」に合わせて都心部は形作られ、都心部に集まる関係者に向けて街はデザインされていく。鉄道や道路も、彼らの都合でデザインされている。もちろん、自然の都合や歴史の産物で「そうなるのが妥当だった」場合もあるが、近代以降に作られたものは「誰かの思惑」が働いている。

どこでどう暮らすかも、「彼ら」に上手く差配されている。土地の値段、物価等々も、結局は「彼ら」が決めている。その結果作られるのが、「多数派の動線」や「多数派の習慣」。自分たちでそれを揃えられるからこそ、彼らを顧客に数を沢山売って、一定規模の売り上げをあげる「規模の経済」、薄利多売でも成り立つスケールの大きな商売ができるとも言い換えられる。

最も最近では、長引くデフレとITの導入により、売上向上よりも費用圧縮、コストダウンによる利益向上の動きも多く、買い手の原資にもなる人件費削減も相まって、薄利多売、規模の経済を目指すのも難しくなりつつある。富の再分配が上手く機能しない、自分たちで消費者の首を絞めているのに、「モノが売れない」という経営者がいるらしいが、どんな経済団体なのだろう? まぁ、そこを突っ込むと長くなるので、脇へ置いておこう。

「(利益の薄い商品、サービスを)沢山売って成り立つ」商売をやるために、人件費を抑えて、長時間働かせる。長時間働かせた結果が、付加価値の低い商品、サービスで、それを僅かな人に買ってもらっても利益はそれほど上がらない。「材料」や「工法」を見直しても労働分配率を変えなければ、結局他社との差異は「価格」になって、ますます安いもの、労働者に無理をして作らせたものしか売れないことになっていく。

「働き方を改革する」には、労働時間を短くすればいいんだっけ? メンタルチェックをすれば十分なんだっけ? フレックスタイム、育児休暇の取得しやすさ、おしゃれな社食、昼寝スペース? ワークライフバランスを考慮した人生設計、キャリアアドバイス? どれもこれも、丸っきりズレているんだけれども、気が付いているのだろうか……。

「従来の資本主義」の見直しが欠かせない

「規模の経済」、「大企業や都心」との関係見直しが必須

沢山売らないと十分な利益が出ない、長時間働かないと十分な賃金が得られない「規模の経済」を引きずったままでは、大々的な「働き方改革」は難しい。大企業や都心部を主に見立て、それに向かう中小企業や近郊都市や郊外都市が従になる関係性、向こうが頭、こちらが手足や便利な道具という見立てのままでは、働き方も暮らし方も早々変えられない。

「規模の経済」のメリットもあるし、「工業」の分野や農業の分野では、導入できる機械の都合も考慮すると、それを「全部やめる」とは簡単に言えないだろう。また、土地の性質や住宅街、繁華街との兼ね合いから、その土地土地でしかできない業務、業態というのもあるだろう。それらも踏まえた上で、盲目的に「今まで正しかったものを、これからも正しいはず」と言うのは辞めにしませんか、と。

短時間の労働で十分な賃金が得られるのなら、長い時間拘束される必要はなくなる。沢山売らなくても損益分岐点を上回れるなら、一定の固定顧客、リピーターとプラスアルファの人が来てくれれば十分な売り上げにできる。大企業、都心部に対して対等な関係性を作れるなら、必ずしもオフィス街へ出勤して働く必要もなくなる。そうなると、自由な時間に自由な場所、自分たちの好きなことをやりやすくなる。こうなってくれれば、「新しい働き方」もねじ込みやすくなる。

社会の形、経済の形、暮らし方の形がもっともっと柔らかくなる、「いい意味でラクをして稼ぐ」「短い時間で高い利益を上げる」ことを考えていく。その果てにしか、真の働き方改革はやって来ない。現時点のまま思考停止で何かをやろう、経済成長をしようとしても限界がある。思い切って、今までとは違うやり方を模索して、どうやったら実現できるかを考えた方がいいように思う。

とは言え、完全な地方都市ではそれすらも難しいだろう。だからこそ、大都市近郊の中核都市、ベッドタウンで何かゴソゴソすると面白い気もするんだけれども、日本の場合、「辺境」でクリエイティビティを発揮するのが難しそうという別の問題もある。クリエイティブに必要な情報、資材、端的に言えば本や文房具、パソコンなどの情報端末というレベルで、「都心部に行かないと手に入らないもの」や「都心部でないとやっていないサービス」もかなり多い。

それもこれも全ては、「規模の経済」や「従来の働き方」に依存しているからなのだけれども、コピペレベルの「街中の本屋」ぐらいは変わって行かないと、「辺境」で逆転の錬成陣を組むのも簡単ではないだろう。

打開策の一つが、IT、メディアの利活用

街のカタチ、習慣を乗り越えさせるだけの、力強い情報展開を

消費者向けの商売、サービス提供であれば、紙ものも含めた情報活用をきちんとやっていく、新規顧客獲得と既存顧客の定着の二方向で無駄がないように情報展開する、がっかりしないようなサービス向上に注力していけば、基本的には大丈夫ではないだろうか。ただし、今まではどちらかというと「ホームラン」ねらいの情報展開、「ハレ」の場合、「特別に何かしよう」とした場合を想定した情報展開、マーケティングが多かったように思うので、「ケ」のマーケティング、日常の中の選択肢として存在感を示していくような情報展開を考えていければ、奇策に売って出なくても可能性はある気がする。

事業者向けのサービスをやるにあたっても、情報展開や情報活用は重要だろう。どれだけの実績があるか、どれだけのことができるかをしっかり示す、対外的に十分な広報活動ができている企業かどうかは、BtoBにおいて無視できない部分。もちろん、信頼に足るサービス、ものを提供できるというのが大前提にはなってくるが……。

いずれにせよ、「安いから」選ばれるのではなく、「(半ば無意識でも)指名買い」を狙いに行くこと。「他所ではなく、あなた/御社で」と言われるような状態を作るには、外に向けてどんな情報を伝えていくか、どんな相手に伝えたいかを考えて情報を設計する、展開戦略を考えていくというのは、有効な打開策の一つになるのではないだろうか。

この時、Web系にだけ目が向いてしまいがちだが、名刺やパンフレット、チラシや営業資料といった紙もの、実店舗があるのならそこの内装やデザインなど、本当の意味での「情報活用」、「情報網」を考えること。名刺やパンフレット、紙もので「気が利いていない」は案外致命的。対面時のコミュニケーション、ノンバーバルな要素も印象に大きな影響力を有しているが、相手の手元に残るもの、相手に手渡すものにも気を配って、見せ方、伝え方を整えていって欲しい。

「辺境」や個人、小さな企業というのはどうしても「リソース」や「戦い方」が不足している。専門家と分業することで打開できる、何かできそうな気がするのなら、その時は私の出番だと思うし、そういう活用方法もあるんだよというのも、積極的に伝えていかないといけないんだろうね。辺境からの逆転、真の働き方改革、暮らし方改革を模索したいのかな……?

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2019.09.25

2019.09.26

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