2020 やっていきたいこと Vol.2 2020 やっていきたいこと Vol.2

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はじめに

「変わり者の自由と安心」をテーマ、「個性の味方」をコピーに掲げ、具体的に何をやろうとしているのか。端的には「本気のコンテンツマーケティング」、「『分かっている』マーケティング」。他に個人的な取り組みもあるけど、まずはそこを整理します。

情報産業、メディア業界に違和感

作り手志望だったから、いっぱい引っかかる

大手の広告にはそこまで違和感を覚えないけど、ドラマや映画の造り、流行り廃りについて色々引っかかるというか、違和感を覚える瞬間が沢山ある。作家がいないんだろうな、とかクオリティをチェックする人のリテラシー、センスが今ひとつなんだろうな、とか。受け取る側のセンス、リテラシーもどんどん貧弱になっているんだろうな、とか。

お話に対する違和感だけじゃなく、動画の「画」にも「ん?」と思う瞬間がチラホラ。色味の問題だったり、フォーカスの問題だったり、画角やカット割りの問題だったり、アクションの問題だったり。演技に対する違和感も色々あるけど、そこは専門じゃないから視聴者としての違和感ぐらいしかない。

報道番組というか、ワイドショー、情報番組のネタ作り、情報の切り取り方、伝え方にも色んな違和感がある。ジャーナリズムに対する疑問は山ほどあるけど、それ以外の部分でも「そうじゃないだろう」と突っ込みたくなる部分は目一杯ある。

結局、作る側が分かってない、または本気でやれる環境がなくなっていってるんだろうなぁ、と。資本主義に走りすぎている、分かりやすいものだけ、利益や数字を出せるものだけを追いかけすぎている、誰にも何も言われないものを作ろうとして面白みがどんどん無くなっていってる。

その上で、お作法がわかっていない人、作るだけのセンスがない人、評価するだけのリテラシーが十分にない人が絡まりあって、素人が信じるに値するだけの情報、アドバイスが減ってきている。何を信じたらいいか、誰を信じたらいいのかの基準がなくなってきて、どんどんおかしい方向に進んでいるような気がしてならない。

ウェブ業界は、輪をかけてヒドい

ビジネス書の「お話」レベルでコンテンツと思っていそう

個人的に、ビジネス書で嫌いなのが「架空のストーリー」。物語として非常に質が低い、独りよがりな偏った内容で、それを読みたくて購入しているつもりはないのに、それなりのボリュームを占めている。これが、嫌い。

コンテンツ、フィクションとして非常に質が高いものであればいいんだけれども、作者も編集もそこに対する知見、センスは大してなく、クオリティを十分にコントロールできずに世に送り出してしまっている事例をチラホラ見る。これは、非常によろしくない。

ウェブ業界でコンテンツを作る側に回っている人、メディアをやっている人にも、このケースが散見される。知識やセンスが不十分、お作法が「分かっていない」のに、分かりやすいテクニックの部分、経済的な数字が出る、結果が出るからとチヤホヤされるのも、よろしくない。でも、自浄作用が弱いというか、良し悪しを判断するだけのリテラシー、センスが受け手側に足りない。

お飯事で行けるうちはそれでもいい。狭い界隈で目立ちたいだけなら、それでもいい。でも、それではコンテンツとして、コンテンツマーケティングとして十分な機能を果たさないだろう。

分かっていない人、十分な鍛錬が足りない人、センスや知識が不足している人たちだけで適当に盛り上がって、「やっぱりダメだった」と勝手に烙印を押して次に焼く畑、次に晒し者にするテクニック、ワードを探して回る。

これは文章にとどまらず、映像だって同じ。Youtubeだってそろそろ飽和。クオリティの問題が立ち塞がるだろうに、コンテンツのやり方、仕上がり方として「どうなの?」と思うものが多すぎる。これでは早晩、終わっていく。ここを、なんとかしたい。

ちゃんと、コンテンツマーケティングをやりたい

ツールも、ノウハウも、中身の提供もちゃんとやりたい。クオリティで戦いたい

コンテンツマーケティングに使うためのツール、どんなふうにやればいいかのノウハウ、どんなコンテンツを作るのかという中身の部分、全てにおいてきちんと対応、サポートできる体制を作りたいし、提供できるように整えていきたい。

フロントエンドというか、HTMLコーダーというか、WordPressのカスタマイズは多少わかっているし、「こうやったらいいんじゃないか」というブログ術、マーケティングの手法も探っている(確立、実証にはもう少し時間がかかる)。ツール、ノウハウを配った後、実際に何を作るか、どう作るかという部分もちゃんと手伝わないと機能しないのもわかっているし、そこで作家性を発揮するチャンスも得たい。

色んな角度で、「分かっている」ということ、センスを信用できるということを示したい、伝えたいし、実力の部分で戦っていきたい。無理しなくてもビジネスを展開できる方法、上手く生きていけるやり方を見出す、メソッドとして残す。それを一連の動きで確立したい。

変わっていても伝われば、何とかなる

役に立つマーケティング、使えるメソッドを確立する

「(分かりにくい)変わり者」の弱点は、経済的な部分と、コミュニケーションの部分。ここを従来のマーケティング、適当なコンテンツマーケティングに載っけてしまうと、勝てる可能性、生き残れる可能性はどんどん小さくなっていく。なぜか。成功例に当てはめて、持ち味より加工の方が多くなるから。

デジタル万能論、データ分析至上主義が多すぎる。ウェブは意外と限界が早いし、データ分析に頼りすぎても良いことがない。アナログな部分、ちょっぴりダーティな部分、全員にとって正しいことが変わり者にも正しいこと、特定の局面で機能するとは限らない。

そこに時間、手間を割いても利益にならない? だから参入障壁になる。同じことをやっても上手く行かない? センスや知識が不十分、鍛錬が足りないからできないだけで、ちゃんとやれば上手くできる。目の付け所、やり方が間違っているだけ。

そういう戦い方、そういう立ち居振る舞いを、変わり者と世の中に対してやっていく。伝わるべき人「顧客」に伝わる、「顧客」を生み出すことができれば、「変わっていること」が尊重される、捨てなくてもいいようになる。

変なこと、好きなことがプラスに働く、擬態すること、周りに合わせすぎる必要がなくなれば、変わり者はもっとやり過ぎてくれる。変わり者のやり過ぎが増えれば、イノベーションは必ず起きるし社会も変わる。それがやれるよう、発信方法を変えていく。その発信を、分かるようになりたい、受け取れるようになりたいと、受け取る側も刺激していく。そんな感じで、世の中を徐々に改造していきたい。

だからこその、ツールの制作、ノウハウの整理。作る力もちゃんと高めて行かなきゃいけないから、色々絞ってちゃんと動かねば。

長谷川 雄治

長谷川 雄治はせがわ ゆうじ

2013年から、仮面ライターを掲げて活動中。
物書き&Web制作、コンサルティングが本業だと思い込んでいる、ただの変な人。