思考の整理 2020 自分用の書き散らし 1 思考の整理 2020 自分用の書き散らし 1

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はじめに

1年前も似たようなタイトルで似たような時期にひたすらアウトプットしまくってたと思うけど、今年は去年に輪をかけて独善的な駄文を数回に分けて書き散らします。誰かに向けて読んでもらう、あるいは読ませることとかを丸っ切り想定せず、山もオチもあまり考えずに垂れ流していくので、いつも以上に何も期待せずに読み流していただけたら幸いです。

「延々と繰り返す」のがどうやら得意らしい

「ずっと同じ」が向いてる? 始めるのも終わらせるのも、苦手かも

仕事の上でも生活する上でも、マイペースというか、細かいマイルール、「こうしたい」とか「こうすべき」が割とある。自分が一番動きやすい環境というか、ルーチンというか、流れというか。マイペースというか、リズムのようなものが、ちょっと神経質なレベルで存在している。

これを乱される、変えさせられることに異様なストレスを感じるというか、猛烈な怒り、憤りを感じることもある。

自分が最も安定している、落ち着いてパフォーマンスを発揮できる動き方、働き方が自分の中で固まっていて、それを保持する、保守することにそれなりのエネルギーを割いているような気もしている。

良くも悪くも、繊細というか、気にしすぎるんだろうね。同時にプライドが高いというか、内面的なエネルギー、感情の波が激しいというか。そこら辺のアンバランスさ、ブレーキの壊れ方が、社会生活を送る上で致命的なのも何となく分かっていて、乱暴な部分、破壊的な衝動というか制御しにくい動物的な部分を怖がっているんだろう。

幼少期の身体の弱さか、育つ上で周りを見すぎる癖がついたのか、面従腹背な思春期で卑屈な黒さを育んでしまったからか、動物的な語幹、人間的な観察力、人間関係を踏まえるための遠慮、気遣い、その辺りが繊細さ、ややこしさに拍車をかける。

ひょんなことで変なスイッチが入る、揺さぶられてペースが乱されれば、見たくないものが顔を出すかもしれない。だから先回りして、その逆をやる。変なものを受け取らない、マイペース、マイリズムを保つ、受け取る範囲を積極的に絞り込む。安定した世界、安全な世界で延々と繰り返す時間、空間に身を置きたい、そこで最良のパフォーマンスが発揮できるよう、努力したい。

始めるとか終わらせるとか、そういう変化そのものが苦手、嫌いなんじゃない。変化する、切り替える時にどうしても、心や身体を安定させる、自分の気持ちや思考を納得させる、集中するための段取りを整えたい。外向きに気にしてしまうエネルギーもできるだけ浪費しないようにするなら、1人孤独にコツコツとマイペースに、一つのことをやり続ける、ひたすら繰り返す方が効率がいい(と自分では思っている)。

切り替えるときに都度、調整や集中が必要になる。その時の余剰エネルギーも決して少なくない。元々のエネルギーの少なさもあるけど、この性質、このスタイルでバンバン切り替えを要する仕事、生き方を要求されてしまうと、他の人に対して劣ったパフォーマンスしか発揮できない。早い話が、自分にも相手にも世間的にも損しかない。そうなるなら、やっぱり「繰り返す」を考える方が賢明な気がする。

「マイペースに繰り返す」が理想?

「横ヤリ阻止」と「半永久的」が、多分キモ

そこまで繰り返しが得意なら、公務員や官僚、組織人になって歯車をやる方がいいのでは? そう思うけど、意外と「横ヤリ」や「いつまでも繰り返す」に黄色信号が点りやすい。

今の仕事でも、「初め」と「終わらせる」とが延々と繰り返されるし、臨機応変な対応を求められたりするからそこまで向いてるとは思わないけど、それ以上に、自分でどうにもならない外圧、予想しない変化に左右される環境というのはシンドい。

組織内の政治やら人間関係、遠慮や配慮をしすぎる「気にしい」が入り込むにはややこしすぎる、大量のイデオロギーも、エネルギーを浪費する要因になる。

集中しやすい、しすぎるのも、「長く続いてくれそうなもの」を選んでしまう要因か? 「それだけ」をやり続ければいい、安全や安定、繁栄が見込める、予想できるというものにだけ取り組みたい。長く、多分深くも集中しやすいからこそ、視野は狭くなるし動きも鈍くなる。集中しやすく、延々と繰り返したがる人間には、「半永久的」に存在してくれそうなもの、取り組み続ける価値が存在しているモノを仕事にした方がいいんだろう。

そこら辺とある程度二人三脚の関係にあるのが、「信念」や「学習欲」や「回復思考」の強みたち。これが絡むことで、取り組む価値があるもの、見掛け倒しじゃないもの、繰り返しが終わらない奥行きがあるものに向き合いやすくなる。自己鍛錬、永続的な学習という形もとりやすくなる。

極力横槍が入りにくいもの、人からアレコレ指図されにくいもの、その上でこれからもずっと価値を保ち続けるもの。それを見定めて、カチッと繰り返すモードに入る、それができるシステムを考える。これからやるべきなのは恐らく、その辺り?

「変わらずに繰り返す」から、変わり続けられる?

「同じ」が定まるから、小さな変化も感知できる?

繰り返すうちに、やり方や技が変化していく。周囲の環境、空気の変化にも気付くことができる? その細やかな変化を掴むために、安定した「変わらない」を追求しようと思える?

パッと目を引く大きな変化、目立つ違いより、見る人が見ないと分からない小さな変化、いぶし銀な差異、感性や知識を磨き続けないとキャッチできないものには、こういう人間の方が向いてるかもしれない。目立たない部分、分かりにくい部分の質を上げる、不純物を取り除いてクリアにする。その鍛錬、修行も「変わらずに変わり続ける」生き方なら、両立できるのでは?

「分かり難さ」と「独自性」も、これからのキーワード

競合しないけど、ブルーオーシャンすぎるのが多分課題

横槍を入れられない、指図されないようにするためにも、分かり難さだったり、独自性だったりは有効な気がしている。自分の世界、価値を生み出せる枠組みを作り出せれば、そこにいて半永久的に繰り返す、安定して同じことをやり続ける、安全に穏やかに生きることができるかもしれない。

今の世の中に重宝されそうな分かりやすさにも、思い切って背を向ける。自分の強みをフルに活かすために、あえて分かりにくいところ、ツウ好みな知識、理解が必要な部分に入ってみる?

無理やり分かりやすくする風潮やら、取り繕った嘘の分かり易さ、権威性に背を向けてみる。がっつり、誰も守りそうにない部分を守備範囲にしてみる。競合は恐らくしないし、指図されること、横槍を入れられることも減るだろうけど、その分ブルーオーシャン過ぎ、比較対象がなさすぎて苦労する未来は待っているに違いない。

そっちの方が生きやすいだろうし、パフォーマンスや付加価値も高まるだろうけど、その辺りとのトレードオフ、ジレンマなところは一生考えなきゃいけないんだろうな……。

長谷川 雄治

長谷川 雄治はせがわ ゆうじ

2013年から、仮面ライターを掲げて活動中。
物書き&Web制作、コンサルティングが本業だと思い込んでいる、ただの変な人。