思考の整理 2020 自分用の書き散らし 5 思考の整理 2020 自分用の書き散らし 5

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要するに、信長的なことをしたい

でも、こういう場合の「天下」や「いくさ」がよく分からない。見えないし、見せないし……。

今の状況を、歴史に当てはめると明治維新の前後というよりは、応仁の乱の前後な気がする。ということは、ここで考えたいのは下克上というか、戦国武将、戦国大名的な要素なんだけれども、どうせなら新しい時代をもたらした、切り開いた人物を真似てみたい。

早い話が、新時代の担い手として織田信長とか、坂本龍馬的なことをやりたい、担いたいのだけれども、血腥い時代と違って、「天下」や「いくさ」、戦況やいくさ模様的なものが全く分からない。見えないし、定義してないし、そういう意味合いでの「戦い」をするつもりはあまりない。

悪目立ちすれば潰されるし、争乱や治安の悪化を目指すものでは全くない。あくまでも平和理に、物理的にも経済的にも何も破壊せずに、パラダイムシフトをもたらすような実力行使、概念的なブレイクスルーを目指したい。のだけれども、それって結局どういうことなのか、自分でも全く分かっていない。

でも、できることなら「いくさをしている感」というか、「何とか方」っぽく一定の勢力になっているニュアンスというか、言い方、見せ方みたいなものは何か欲しい。ただ、自分1人で楽しむためという感じにもなってくるけど、攻撃する側、攻撃される側の心理的なアレコレを見える、触れるようにはしてみたい。

とはいえ、実際の戦国時代も、世界大戦時も、ゲーム的なステータス表示なんてなかっただろうし、ハッキリと目視できるような勝利条件、あるいは敗北条件、平定して勝利者になった要素が最初から決まっていたわけでもあるまい。そういう意味でも、自分たちでゲームを作る、ルールを作ることを考えていかないと、世代間抗争にすらならないのか。

形がなさすぎるのに、配慮すべきこと、気にかけることが多すぎてめんどくさい。めんどくさいけど、走りながら形を与えていく、ゲームメイク、デザインしていかなきゃいけないんだろうな。錦の御旗というか、何を持って勝ち負けとするかも手で探りながら示していく、落とし込んでいくようにしなくては……。

「変わり者」による、親殺し、先代殺しのニュアンスはある

実力行使で、パラダイムシフトを起こしていく

大勢を殺せばなぜ英雄になるのか。それは多分、新しい価値観についていけない人を減らして、新しい価値観、パラダイムを敷衍させたから。誰もやりたくない、手を汚す仕事をやり切った功労者だから。

パラダイムは一つの世代や、そこに共通する考え方、常識でもあって、パラダイムシフトを起こしたいなら若い方が古い方をやり込める、老害をどんどん姥捨山に送り込む、多数派を形成する他ない。老害を引き抜いて若い方の味方にする手もなくはないが、そんな調略を延々とやる時間もコストもかけられない。だから、話し合って変わるのを待つんじゃなくて、実力行使、力や数でねじ伏せるやり方が選ばれてきた。

だからこそ、レーニンは暴力革命を唱えたし、共産主義な方々は暴力的な事件を起こしてきた。考え方ややり方は違っても、通る道筋としては基本的に、それしかない。

血を流そうとかそういう話ではないし、物理的に何かを奪うとかそういうことでもないんだけれども、支配的な立場や誰かを動かす権威権力といったものを譲渡してもらう、譲り受けるために、平和的な戦いを仕掛けるというか、「こうしろ」を飲ませるような交渉はしていかなきゃいけないんだろう。

今回のポイントとしては、そこを「変わり者」や「支配のない自由」に据えるところだろうか。人の弱さを否定しない、人の悪さも肯定する、分かり合えないからこそ、フェアに向き合う、秩序だっているからカオスになる。複雑さ、力強い躍動感を是とする、誰もが対等な社会、概念をもたらしてみたい。

そのための親殺し、同族殺し的な、ちょっと物騒な考え方ではあるけれども、自分より前から生きている人たちに、そこを退け、譲れと迫るのは、今の世の中でも必要なことだろう。決して擦り寄ったり取り入ってお金や権力を投じてもらうことではないし、褒めそやされるためにいい子になることでもないし、面従腹背で古い概念の中でマウントポジションを目指すことでもない。新しいこと、未来を見据えた動きをきちんと取りたい。

変わり者の解放と、実力行使

進化してない連中を圧倒していこう

『アマゾンズ』で、アマゾンが人を喰らっていたように、変わり者がそうでない人たち、新しい考え方や生き方に馴染めない人を場合によっては攻撃する、優位性を奪い取るようなことはあるかもしれない。映像作品ほどショッキングな見た目にはならないだろうし、極めて合法的かつ人道的なスタイルにはなるだろうけど、仕掛ける方も仕掛けられる方も、怖いことには違いない。

強かった方と弱かった方の立場が入れ替わる。そのやりとり、攻防をめぐるいくさ、戦いは多分出てくる。その「いくさ」の頂点、仕掛ける側の頭目、責任者に自分が治る? 日本を若返らせる、活発な国にするために、凝り固まった色んなものを概念的に破壊する、叩き壊す役割を担って、未来を描く、未来を持ってくる人になりたい。

ただの変わり者であること、変な奴であることに絶望しなくていい。弱い方でいなきゃいけない宿命に抗ったっていい。多数派が肯定する生き方、やり方で無理に頑張らなくてもいい。もっと外側のやり方、生き方でどんどんはみ出していこう。世の中や市場を揺るがしていこう。多様にとがって、やりすぎてみよう。自分らしさを追求する、変わっている方へ振り切ってみる。それを肯定する、強みになる状況を、何とか作りたい。

変さで戦おう。変わっていることで強さを得よう。押しつけられたものを全て振り捨てて、好きなように、自分がやりたいように生きられるアグレッシブなスタイルができるよう、環境やら道やら、色んなものを整えたい。それこそ、仮面ライダーっぽいやん?

仮面ライターという屋号がすっぽり収まってくれるし。「じゆう」を求めて、反骨精神もりもりで、表面はお上品に、中身は頑固なオラオラで、お高くとまったどこか嘘くさい「いい子ちゃん」な連中を圧倒してやりたいよね。なんかそんなことを考えている、2020の初夏である。

長谷川 雄治

長谷川 雄治はせがわ ゆうじ

2013年から、仮面ライターを掲げて活動中。
物書き&Web制作、コンサルティングが本業だと思い込んでいる、ただの変な人。