身体は赤で、ココロは青で 身体は赤で、ココロは青で

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はじめに

メイキングを含めた映像が話題になったポカリスエットの新CM。そのCMに使われているA_oの「BLUE SOULS」をYoutubeでリピートしているうちに、かつて読んだ本、書いたブログを思い出して、新しく考えたことを書き殴りたいと思ってしまったので、今回も好き勝手に書いてみる。

ポカリスエットの2021新CMソングが、めちゃくちゃいい

公式のMVにズドンとやられた。

気の利いたブログなら、ここでYoutubeのプレイヤーを埋め込んで「お聞きください」とやるところなんだろうけど、このブログはそういうサービスは基本的にやらない、埋め込むための用意していないので、リンクだけ貼っておくので、気になった方は是非そちらでご覧ください。

A_o – BLUE SOULS (Music Video)(Youtube上のMVを開きます)

こねくり回したPV、MVが多いご時世に、シンプルな素材でちょっぴりハスキーな声で、非常によく練られた詩を届けてくれる。その「青さ」や「(青春の)儚さ」をギュッと詰め込んだ90秒弱。これからフル尺が出てくるのかもしれないけど、この短さは短さで、またいい味になっている。

「青」といえば、「隔たりの青」

手が届かない理想の色、憧れを表す色

自分と対象物との間にある、空気の色、空の色。手を届かせることができないという意味では、「かつての日々」、「あの頃」もこれから追い求める理想や、憧れの世界と同様に「隔たり」の向こうにある事象。手が届く範囲でギュッと握っていられるのは現実であり、今という瞬間であり、身体の中を流れる赤い血潮なんだけれども、心の中を埋め尽くしているのはもしかしたら、空や海のようなどこまでも広がる青なのかもしれない、そんな風に想いを馳せさせてくれる。

未熟さや可能性を含むミドリも、日本人は青に含めた

夜の空、黒をだんだん薄めて行った色でもある

greenを青二才的なニュアンス、新人や新芽のイメージを込めるのは日本語に限らないのかもしれないけど、日本語の「青」は指し示す範囲はとても広い。過ぎ去りし未熟な日々も「青」のイメージで語れるし、これからの期待を込めた「青」に「憧れ」や「隔たり」のニュアンスも載せることができる。その青の果て、どんどん濃くなって行った先、紺色を経て暗くなっていくと、「黒」、夜や死のイメージ、完成のニュアンスが待っている。

「赤」が「明るい」から来ているのなら、色合いのルーツとしては恐らく光の色。もっと言えば「白」だろう。純白のイメージ、これからスタートするニュアンスもこもっていそうな「白」から、情熱的な赤、実際に身体の中を駆け巡る血液、酸化鉄の色である赤が来る。でも、赤だけでは生きていけなくて、青だけだといつか死に至ってしまう。白と黒、赤と青。その間を上手にバランスをとりながら最後の瞬間まで駆け抜けていく。そう思うと、「青」というか、「BLUE SOULS」の歌詞、ポカリスエットの新CMが一段深く見えてくるような気がする。もちろん、ただの個人の感想なんだけど。

心のうちには、「青」がある

今までもコレカラも、未熟も憧れも「隔たりの青」の中

過ぎ去りし日々も、これからやってくる未来も、どちらも等しく「青」に染まっている、青の向こう側に待っている。今まで積み重ねてきた「コレまで」の青があり、コレから目指したい理想、追い求めたい憧れの世界である「青」があり。肉体的な原動力や燃料は赤でも、精神的な原動力、コレから生きていくための経験値は青なんだろう。

赤があるから、青がある。青があるから、赤がある。「手が届かない」、「今じゃない」なら、ほとんど「青」。青とか春、青春が魅力的で、時々ズドンと突き刺さるのはその辺りがあるのかも。本当に、青ってすごいし、魅力的。そんなことを考えるきっかけをくれたA_oも『BLUE SOULS」も、ポカリスエットの新CMも、本当に最高。

MVが非常に良かったので、最後にもう一回リンクを貼って終わっておきます。
A_o – BLUE SOULS (Music Video)(Youtube上のMVを開きます)

長谷川 雄治

長谷川 雄治はせがわ ゆうじ

2013年から、仮面ライターを掲げて活動中。
物書き&Web制作、コンサルティングが本業だと思い込んでいる、ただの変な人。