【壊乱】#014

2016.03.12

竜退治をテーマにしたオリジナル小説。
第14話。

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 強い日差しが石畳を照らしている。空は青さよりも白さが目立つ。
 開いていそうな店と、そこへの道のりを考えながら木馬のところへ行く。
 木馬を起動させてまたがり、その頭を坂道へ向けた。ゆっくりと坂道を下る。
 ジョギングに勤しむ者、愛犬の散歩をしている者、届けられた新聞をほぼ下着姿で読んでいる中年の男や、花に水をやる女の間を抜ける。近隣住民向けらしいスナックや、小さな書店はシャッターが下りていた。
 少し大きい通りに出て、さらに坂道を下っていく。道路の両脇に商店が並んでいる。青果店や花屋、魚屋の前では、店のロゴが入った車が停まり、仕入れてきたらしい荷物を店の奥に運んでいた。
「ああ、フラムさん。おはよう」
 花屋の奥から、バンダナを頭に巻いた男性が出てくる。木馬の速度を落とし、道路の脇に寄せて止める。
「おはようございます、フォレスターさん」
「今日は随分早いね」
 フォレスターは、しゃべりながらも手を動かし続ける。
「今日はなんか、用事でもあるのかい?」
「いえ、たまたま目が覚めちゃって。ブラウンズベーカリーにでも行こうかなと」
「へぇー。そういうのも、いいね」
 フォレスターは一通り荷物を降ろしたことを確認すると、車のドアを閉める。手を洗い、腰を伸ばしながら顔を上げた。
「それじゃあ、今日は荷物になるかな」
「うーん、じゃあ、お供え用と贈り物用で小さいものを一つずつ、お願いできますか」
「え、贈り物? ついに、彼女が出来たんだ」
「別に、そういうのんじゃないですよ」
 フォレスターはニヤニヤ笑みを浮かべながら、店先に並んだ花の間を歩き始めた。
「ま、俺に任せとけって」
 色とりどりの花を摘みながら、二本の小さな花束を作っていく。
「ま、この大きさなら邪魔にならないだろう。袋にも入れておいてやるよ」
 フォレスターが差し出した袋を受け取り、代金を差し出す。フォレスターは、受け取ったコインの中から、銀貨を一枚つまみ上げ、僕の手に戻した。
「えっ?」
「彼女が出来た記念にな。それで茶の一杯ぐらい飲めるだろう」
「だから、そんなんじゃ」
「いいって、いいって。ほら、さっさと行った。車が動かせねぇ」
 フォレスターは手で僕を追い払う。勢いに押されて、袋を手に提げたまま、片手で木馬を走らせる。バランスをとりながら、袋を持ち直して、ハンドルを両手で握った。
 後ろをちらりと振り返ると、フォレスターは何事もなかったように、車に乗り込み、店先から車を動かしていた。
 腰の宝剣の重さと、右手の袋の微妙な重みとのバランスをとりながら、道なりにまっすぐ行くと、ブラウンズベーカリーが見えてきた。
 店の前で木馬を止めた。店の外でも鼻をくすぐる、パンが焼き上がる匂いと、コーヒー豆が焙煎される香りに誘われ、店の中に吸い込まれる。
 バゲットやサンドイッチ、ホットドッグに、甘い香りのするブリオッシュなんかにも目を移ろわせながら、なるべく腹にたまりそうなパンをトレイに乗せてレジに行き、イートインの紅茶とコーヒーに迷いながらも、お代わり自由の魅力に負けて、コーヒーを選んだ。
 会計を済ませて、店の奥に進む。通りが見える窓際の席に座り、香り豊かなコーヒーを一口飲んで、バターを塗ったバゲットを口に運ぶ。小麦の香りと味、それを引き立てる絶妙な塩気が、身体に活力を注いでいく。
 食事をしながらぼんやりと、通りと店内を眺める。店の中には、ずーっと新聞を読んでいる人や、バゲットを数本買って走って帰る人や、ホットドッグにかじりついて一気に食べる人がいる。店の外は、食べ始めた頃は人通りが少なかったが、徐々に人が増えてきて、坂の上に向かう人もいれば、坂の下に向かう人もいる。大工らしい格好の人もいれば、制服を着て城の方へ歩いていく人もいる。男女はおおよそ半々だろうか。
 学校に向かう子供達は、山の上へ向かって集団で歩いていく。のんびり歩く連中と、競って坂を登っていく面々とが混ざり合う。
 パンの舌触りや歯ごたえ、コーヒーの後味を愉しんでいると、いつのまにかカップは空になっていた。
「お代わりはいかがですか?」
 朝食を買いに来ていた客の波が収まり、少し暇を持て余していたらしい方の店員が、タイミングよくポットを持ってやってきた。
「お願いします」
 店員にカップを差し出す。店員はカップにコーヒーを注いでいく。その店員の向こうから、クリスがトレイを持って現れた。
「あれ、ブレイズさん。おはようございます」
「ああ、クリス。おはよう」
 店員はコーヒーを注ぐと、クリスに道を開けた。
「隣、いいですか?」
「ああ、どうぞ」
 クリスは、甘そうなパンとホットミルクが乗ったトレイを置き、隣に座った。
「朝、早いですね。今日から、なんかやるからですか?」
 クリスは、パンにかじりついた。
「いや、そういうことじゃないんだけど」
「ふーん」
「そういえば、昨日は悪かったな。ドルトンのこと」
 クリスはホットミルクを飲み、口を開く。
「別にいいですよ。毎度のことですし、先輩ですし」
 クリスは、パンの残りを口に運ぶ。
「でも、昨日は楽しそうだったな、ドルトンさん。ハイランド特務隊復活だ〜、とか、ブレイズが〜とか、家に帰るまでずーっとそんな感じでしゃべってましたよ」
「へー、ドルトンがねぇ」
 クリスはパパッとパンを食べ、ホットミルクを飲みながら、懐中時計を取り出した。
「おっと、それじゃあ僕はそろそろ行きます」
「お勤めだ」
「はい。アレンさんのところでアルバイトです」
「へぇー。いってらっしゃい」
 ホットミルクを飲みきったドルトンは、ペーパーナプキンで口の周りを拭い、おしぼりで手を拭いて、トレイを片手に席を立った。トレイを返却口に返し、その足で店を出て行く。店の前を、坂の下の方へ向かって駆け下りていった。
「もう一杯、お代わりいかがですか?」
 店員がポットを持ってやってきた。気がつけばカップはすっかり空だった。
「いや、もう出るんで」
 店員は笑みを浮かべて返事をすると、他所の席に移っていった。割と空いていた店内は、徐々にドリンクだけの客や、家事を終えたらしい主婦集団で混み始めている。
 荷物を持ち、トレイを返して店を出る。
 真向かいの細い路地を、木馬を押しながら歩いていく。通りを抜けると、礼拝堂に続く参道に出る。少しだけ坂を登っていく。
 まだ少々時間が早いらしく、土産物屋の前はまだ準備が進んでいない。喫茶店や一口カステラの売り場の前は、すでに美味しそうな匂いが漂っている。誘惑に負けじと、丘の中腹にある礼拝堂へ続く坂道を登り切る。
 駐輪場に木馬を止め、礼拝堂の別館に向かった。
 事務室はまだ閉まっていたが、受付の小窓前にあるベルを鳴らしてみる。しばらく待ったが、反応はなかった。
 来園者名簿に名前と時間とを記入し、建物の外に出て奥の霊園へ向かう。
 高台の上から見える景色と、そこに広がる墓標とを眺めながら、ハイランド家の墓に向かう。
 ミネルバ・ハイランドと名前が刻まれた墓標の前に、真新しい花がすでに飾られていた。大きめの華が目立つ、華やかな組み合わせだった。
 その横に小さな花束を置き、胸の前で手を合わせ、目を閉じる。
 母に、グレイシアとともに、剣術を叩き込まれた時のことを思い出した。
 母、ミネルバは非常に厳しく、怖かったことを今も覚えている。無駄な殺生を許さない誇り高き慈愛の精神と、我が子を身を呈して守ろうとする母親の優しさも、僕は知っている。
 穏やかな風に、周りの草がこすれあって音を奏でる。その間に、土を踏む人の足音が混ざる。目を開けると、隣でエマが祈りを捧げていた。  しばらく見ていると彼女は目を開け、こちらを見て笑みを浮かべた。
「ブレイズさん、おはようございます」
「おはよう」
「今日は早いですね。お掃除から戻って名簿を見たら、もう名前が書いてあったからびっくりしちゃって」
「たまには、ね」
 僕は別館の方に向かって歩き出した。エマも、隣をついてくる。
「ブレイズさんも、グレイシアさんも、毎日凄いですね」
「大したことじゃないよ。慣れればさ」
「慣れれば……」
 エマとゆっくり歩きながら、別館の中に入る。受付の小窓は扉が開いていた。
 その奥の事務室からは、お湯を沸かす音が聞こえて来る。事務室に入っていこうとするエマを呼び止めた。
「そうそう、これ」
 鞄からタオルを取り出した。
「それと、これも」
 手元に残っていた、やや華やかな方の花束もエマに差し出す。
「タオルを返すだけじゃ、なんかアレだなと思って」
「わざわざ、ありがとうございます」
 エマは満面の笑みを浮かべ、タオルと、花束とを受け取った。
「せっかくですし、ちょっとお話ししませんか? ちょっと待っててください」
 エマは、事務室に入っていった。僕は、受付前の長椅子に腰掛けた。鼻歌を歌いながら、花瓶に花を挿して、受付の前に飾る。手を洗い、湧いたお湯でお茶を入れ、ソーサーに載せたカップを二つ持って長椅子のところまで持ってくる。
「テーブルがないんですけど、どうぞ」
 エマの差し出したソーサーを受け取る。
「ありがとう」
 エマは隣に座った。
「昨夜は、兄がとても楽しそうにしてました。ブレイズさんと話したことが余程楽しかったみたいで」
「そうなんだ」
 エマは穏やかな微笑みを浮かべている。
「急に何処かへ出かけて行って、アルバイトを雇った話をしたかと思ったら、今度は倉庫へ行って保管しておいた魔導石を自分の部屋へ持って行ったり、あんなに機敏に動く兄は、久しぶりに見ました。なんでそんなことをしているのかを聞いたら、ブレイズのためだって、言うんです。無駄になるかもしれないけど、やるだけのことをしておきたいって」
「アレンが、そんなことを……」
 エマは、僕の方をやや真剣な面持ちで見る。
「兄は、ブレイズさんのために動いてましたけど、ブレイズさんはどうなんですか? 兄の行動は、無駄になるんですか?」
「アレンの気持ちも、行動も本当にありがたいよ。ありがたいけど、僕は、まだ迷ってる。母を刺した『あの日』から、ずっと逃げてるんだ」
 僕は、まだ熱いソーサーを長椅子に置いた。エマは、茶を口に含み、ソーサーを自分の隣に置いた。
「ブレイズさん、ごめんなさい」
 エマは座ったまま、右手を大きく振りかぶり、僕の頬を引っ叩いた。痛みとともに、叩かれたところの毛細血管が広がるのを感じる。
 エマは右手を左手で覆った。その表情は真剣なまま、怒りの色は見えない。
「あなたは確かに、許されない罪を背負ったのかもしれません。心の傷を負ったのかもしれません。でも、そんな自分に酔って、変わらない毎日を生きることに慣れてませんか?」
 エマの声はだんだん震えを帯びてくる。
「変化を恐れて、囚われたつもりで、逃げるどころか肩までどっぷり浸かってしまったんじゃないですか?」
「エマちゃん……」
 エマの目は充血し、涙が今にも溢れそうになっている。
「『あの日』、お母さまを殺したのもあなたかもしれないけど、誰も手が出せなかったドラゴンを退けて、街を救ったのもあなたです。過去の不幸な面にだけ、囚われないでください」
 エマの両目から、涙が流れ出す。
「ありがとう。エマちゃん」
 エマの頭を胸に引き寄せる。エマは僕の胸で涙を流す。
「僕が身勝手だよな。アレンの行動にも、エマちゃんの想いにも。今度は、僕が応えなきゃ」
 あの日も、母を刺そうと思って刺した訳じゃない。ドラゴンとの戦いの最中の事故だった。母を犠牲にした一撃が、ドラゴンを退けたことも分かっていた。だから、誰にも裁かれなかった。誰にも、罪を問われなかった。
 それから半年も、僕は打ちひしがれ続け、半ば惰性で生きているのか死んでいるのか分からない日々を過ごした気がする。
 手にかけることになってしまった母は、こんな僕を見て、どう思うだろう? 流石に、怒るだろうな。
 エマの涙が落ちる胸元が、だいぶ冷たくなってきた。
「あのさ、そろそろいいかな」
 エマは顔を伏せたまま深呼吸を繰り返し、泣き止んだ。顔を胸につけたまま、口を開く。
「イヤです」
「でも、行かないと」
「じゃあ、顔を向こうに向けてください」
「えっ、はい」
 顔をエマからそらす。エマは顔を両手で隠しながら、僕から離れた。
 エマは背中を向けたまま、茶を飲んだ。ソーサーを持って、事務室に入った。さっき渡したタオルで顔を覆った。
「あとさ、しばらく駐輪場に、木馬を置いていっていいかな」
「どうぞ。どうせ、誰も置きに来ませんから」
 タオルでくぐもった声が返ってきた。
「ありがとう」
 少し冷えた茶を飲み干し、カップとソーサーを受付の前に置いた。来園者名簿に退出の時間を書き込む。
「じゃあ、俺、行くね。お茶も、ありがとう」
 エマはタオルの隙間から、真っ赤に泣きはらした目を出した。その目に挨拶し、駐輪場に向かう。
 駐輪場の魔導木馬をじっくり眺め、底の方にあるボタンを押しながら、雷の魔導石を取り外した。それを鞄にしまった。
 歩を城に向け、山道の坂道を一歩ずつ降り始めた。

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【壊乱】#001

竜退治をテーマにしたオリジナル小説。 第1話。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2016.03.12

2018.05.02

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