【壊乱】#030

2016.04.25

竜退治をテーマにしたオリジナル小説。
第30話。

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 湯上りの身体を夜霧にさらしながら、すっかり火照った頭を冷やす。両肩に下げたタオルでまだ濡れている髪を拭きながら、ドアノブを引く。アレンが小瓶をいじりながら地図を眺めていた。
「森の抜け方は、どうだい?」
 アレンは顔を上げ、こちらを見やる。
「ドルトンは、一緒じゃないのか?」
「ああ、あいつならそのまんま街に出たよ」
 アレンは、半ば納得したような顔で頷いた。僕はタオルに置いた手を動かしながら、地図の方を見る。ウッドフィールドの背後に迫る巨大な森が、行く手に待ち構えている。避けて行こうにも、北も南も迂回路を通れば2、3日は余計にかかる。
「帰らずの森、なんてのはとおの昔だろうし、真っ直ぐ進めば行けるだろう」
「いや、そうも行かないんですよ。最近は特に」
 背後から声がかかる。そちらに振り返ると、テーブルにポットとカップを置きに来たらしいティモシーが、背後から地図を覗き込んでいた。
「ぼんやりと青白く光るキノコがそこら中に生えてましてね。こいつが、幻覚作用を持つ胞子を森中に撒き散らすんですよ。
 辺りが暗くなると、このキノコがまぁ綺麗でね。灯りに導かれてフラフラと森に入ってしまうと、帰り道がわからなくなって、だぁれも帰ってこないというのが、あの森なんですわ」
 ティモシーは、すっかり冷めた方のポットをトレーに乗せ、飲みさしの入ったカップを卓上から下げていく。
「その森を通る方法ができたから、道も引けて、ここは栄えたんだろう?」
「ま、今はこの通り、人は出て行ってしまいましたけどね」
 卓を一通り拭き、真新しいカップと湯気の立つポットをそこに置く。カップに茶を注ぎ、僕とアレンの前に置く。
「出て行った連中の中に、医者と薬屋がいましてね。その薬屋が、城下町でかじってきたとかいう錬金術でこさえたお守りを作ったら、これが不思議と効果があって、森を通れるようにはなったんですが、今はもう店じまいをして、医者と一緒に別の街に行ってしまったもんで」
「手に入らない、か」
 出されたカップに口をつける。
「レシピと材料があれば、俺が作れたのにな」
「店はまだあるんですよね? 探せばヒントぐらい」
「いやいや、あの男ですから、何にも残ってないでしょうな。金には煩い男でしたから、金になるもんはチリ一つ残してないですよ」
 ティモシーは、僕らに会釈をすると、トレーを持って部屋を出て行った。茶をすすりながら、アレンの顔を見る。アレンは左手で瓶をこねくり回しながら、カップを卓に置いた。
「で、どうすんだ?」
「まぁ、小難しい話はネウロがなんとかするんじゃないの? 今も、その軍議だろうし」
「でも、その軍議に隊長のお前がいなくて、なんでヒューリィが参加してるんだよ。おまけに、いい部屋は奴らで抑えるし」
「まあまあ、いいんじゃない? 僕はこっちの方がいいし」
「そうか? 俺は御免だね。お前はまだいいとして、ドルトンと同部屋なんざ、煩くてかなわん」
 アレンは眉根を寄せながら、硬いベッドに身を投げた。現役だった頃、彼はドルトンのいびきや歯軋りに悩まされて、慢性的な寝不足に悩まされていたことを思い出した。
「アレンの魔法に影響が出たら、僕らも困るし、なんとかするよ」
「本当に頼むぞ、隊長さんよ」
 アレンは、小瓶をサイドテーブルに置いて、顔を枕に埋めた。ベッドサイドの橙色の灯りに照らされて元の色味は分かりにくいが、中の液体は紫のように見える。さっき、全身で浴びた魔獣の体液によく似ている。
 アレンは顔を上げ、小瓶をつまんでこちらを向いた。
「そんなに気になるか?」
「まあね」
「中身は、さっき採集した魔獣の体液だよ。奴らの弱点とか正体を探るのに使えないかと思ってね」
 アレンはベッドの上に座りなおして、体ごとこちらに向いた。
「今日の戦闘で、俺も少し体液を浴びたんだ。浴びたというか、顔に数滴付いた程度だったんだけどな。どうも、魔法の威力が上がったような気がしてな」
「えっ?」
「いや、本当に多分、ただの気のせいだとは思うんだけどな。もし、そういうなんらかの効果もあるのなら、調べておいて損はないと思ってさ」
「なるほど」
 先の戦いで、大量に体液を浴びた僕とドルトンにも、何らかの影響があったとすると、いったいどんな効果があったのか。顎に手を当てて考えにふけろうとした途端、勢いよく開いたドアに意識を取られた。
「ドルトン、ドアぐらい静かに開けてくれよ」
「おお、スマンスマン。やかましかったかな?」
 ドルトンは、悪びれることなく、ははは、と大声で笑った。頬はわずかに朱が差しているものの、足取りはしっかりしたまま、自分のベッドまで真っ直ぐ歩いていく。アレンは終始、ドルトンの背中を睨みつけていた。
 ドルトンは、自分のサイドテーブルにポケットの中のものを置いていく。一通りものを出した手をポケットに入れると、わずかに表情を変えた。その手は、小さな紙片を摘んでいた。
「そうそう、そこらへんで呑んでたら、へんな姉ちゃんがいてよ」
 ドルトンの顔がこちらを向く。アレンの疑うような視線と交差する。
「いや、なんもねぇって。確かにいい身体してたけどよ」
「ったく、お前って」
「いやいや、断じてなんもないって。なんかあったら、こんな時間に帰るかよ」
 ドルトンは、名刺を僕に差し出した。
「なんでも、町外れの占い師で見習いやってるらしいんだけどよ、その占い師が旅人を待ってるとかなんとかで、俺に連絡先を渡してきてよ」
「占い師?」
 ドルトンから紙片を受け取る。そこには、鉛筆で簡易な地図と道順が書いてあった。
「俺の勘だと、あの姉ちゃんは占い師っつうか、手品とか興行の手伝いだな。占い師つったら、もっとヨボヨボの婆さんだろう」
「いいのかお前、そんなこと言って」
 アレンの顔に、嫌味な笑みが浮かぶ。
「あん?」
「ま、明日にでも怒鳴られればいいさ。呪い殺されなきゃいいけどな」
「はあ?」
 ドルトンは意味がわからないといった顔でアレンを見るが、アレンは自分に催眠魔法をかけていたのか、布団に潜り込むと数秒で寝息を立てていた。
「課題は多いけど、とにかく明日だ、明日」
 僕はベッドの上で、布団をひっ被った。
「そりゃあ、そうだけどよ。気になって寝れん」
「いい気味さ」
「はぁ? どういう意味だよ、それ」
「さぁね。おやすみ」
 僕はベッドサイドの照明を落とし、目を閉じた。薄目で見たドルトンは、困惑した表情を浮かべながらもベッドに身を横たえていた。ほんの数秒で大きないびきが聞こえてくると、なかなか寝付けなかった。

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【壊乱】#001

竜退治をテーマにしたオリジナル小説。 第1話。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2016.04.25

2018.05.02

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