【壊乱】#032

2016.05.03

竜退治をテーマにしたオリジナル小説。
第32話。

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「随分と呑気なもんだな。昼前まで寝ていられるご身分というのは」
 食堂に入るなり、足を組んで座っていたネウロは、僕を睨みつけながら、嫌みたっぷりに言い切った。その両脇には、セバスチャン、支給品の武装を身につけた細身の兵士が一人立っていた。ヒューリィが、その横に並んだ。
「のんびり物見遊山の旅ではないのだ。世界の危機に立ち向かう希望の一座、それをまとめる隊長が、この体たらくではな」
「気が立つのは分かるが、そこまでにしよう。ブレイズ、掛けてくれ」
 ネウロの言葉を遮ったヒューリィは、僕に椅子を薦めた。ネウロは、苛立ちを隠さない表情で、ヒューリィを睨みつける。ヒューリィは、涼しい顔で視線を受け止めた。
 僕は、ネウロから少し離れた席に腰掛ける。荷物を戸口脇に置いたドルトン、アレンが、僕のそばに座った。ネウロに近い席で、グレイシアが紅茶を味わっている。
 厨房から、ティモシーが食事を運んでくる。トーストが二枚とバター、カットされたフルーツ、コーヒーがトレーに載っていた。
「のんびり朝食とはね。ますます気に障る」
「まあまあ、気持ちだけ急いてもしょうがないだろう」
 苛立つネウロの横で、ヒューリィは相変わらず涼やかな表情で、僕に食事を促す。促されたまま、バターを塗ったトーストにかじりついた。
「今日の工程を伝える前に、新しい状況を伝えておこう。いいな、ネウロ?」
「構わん。好きにしろ」
 ネウロの顔色を伺ったヒューリィは、その視線を隣に立つ兵士へ向けた。
「では、頼む」
 返事をした兵士は、後手に持っていた書簡を胸の前に掲げた。
「フォレスタ軍、魔獣討伐隊、被害甚大。至急、応援求む」
 兵士は、書簡をめくる。
「アレキサンドリア国王、病に臥す。至急、帰還されたし。以上」
 兵士は、書簡をまとめなおし、一歩下がった。
 僕は、トーストを運んでいた手を止めて、顔をネウロに向けた。
「こんなところで、のんびりしている時間はないじゃないか」
「そうだよ。ブレイズ」
 ネウロの鼻筋に強い力が集まる。
「一刻も早く父上の元へ駆けつけたいが、フォレスタの援軍要請に応えるのが先だ」
「なぜだ。君だけでも、アレキサンドリアにーー」
「それは違う。我々の使命は、戻ることではない。前に進むことだ」
 ネウロの視線が、僕の目を鋭く射抜いた。
「よって、我々は今日、フォレスタに向けて発つ」
「森を進む手はずは、すでに整っているしな」
 ネウロの横で、ヒューリィは小さな巾着袋を掲げた。ティモシーの目が、懐かしそうにその袋を見つめている。
「あれが、昨夜の?」
「ええ。例のお守りですな」
 ティモシーは頷いた。
「フォレスタからの伝令が、命からがら届けてくれた品だ」
 ヒューリィの横に立つ兵士の表情が、にわかに曇る。
「その伝令は」
「今朝、命を引き取ったよ」
 体の横に垂らした兵士の拳が、手の中の書簡を強く握りしめる。
「いずれにせよ、ここに居ては陛下の容体も、フォレスタの戦況も掴めん。一刻も早く、フォレスタに辿り着くべきだ、というのが今朝方までに入った情報をまとめた答えだ。何か、異議はあるかな?」
 ヒューリィが、小首を傾げる。食べさしになっていたトーストを口に押し込み、コーヒーを流し込んで咀嚼する。
「異議はない。そうするしかないよなぁ」
 ドルトンの同意に、ヒューリィは頷いた。隣のアレンも、特に口を挟むつもりはないようで、のんびりとコーヒーをすすっている。
 カップを卓に置く動作に合わせ、胸元のポケットで小さな紙が音を立てた。僕は、ドルトンの顔を見やった。彼の目はこちらを見る。
「なんにせよ、決めるのはお前だ。隊長さん」
「決めるも何も、異議はないのだろう?」
 ネウロが、わずかな苛立ちの残る声で言う。
 口の中のものを飲み下す。ドルトンは何も言わず、僕の目を見つめてくる。
「今日の工程、さ。二手に分かれることはできないのかな?」
 ドルトンの口元に笑みが浮かぶ。ネウロは、椅子からわずかに腰を浮かした。
「なに?」
 僕はネウロを見やる。ネウロは肘掛に両手を置いて座り直す。
「フォレスタに直行する組と、野暮用をこなして森を進む組と」
「野暮用とは?」
「町外れにいるという占い師に、会いに行く」
「貴様、一体ーー」
 ネウロの脇に控えていた兵士は、歩きながら腰の剣を抜きはなった。切っ先が僕の首元で止まる。わずかに涙を浮かべた目で、僕の目をじっと睨みつける。
「貴様、何を考えている? 我が同胞の命を、一体なんだと」
「無駄にはしない。無駄にしたくないから、やれることは全てやりたいんだ」
 切っ先の向こうで、その目は微動だにしない。剣はゆっくりと下げられた。
「大変、失礼いたしました」
 兵士は、頭を下げて剣を鞘に収めた。
「旅人を待っている占い師というのも、僕には無視できない」
 視線をネウロに投げる。
「どうしても寄り道をするというのなら、こちらもこちらでフォレスタに急ぐ。よいな」
 僕は頷いた。
「私とヒューリィでセバスチャンの馬車に乗り、先にフォレスタで待つ。魔除けの品はこちらで使わせてもらうぞ。それで、良いな?」
「ああ。構わない」
「ヒューリィ、セバスチャン。早速発つぞ。支度だ」
 ネウロは、ヒューリィ、セバスチャンを伴って部屋を出て行った。伝令役の兵士は、半歩遅れて、その後を追いかけた。
「御守りも持って行かれたけど、あれでよかったのか?」
 空になったカップを弄びながら、アレンが顔を上げた。
「ま、なんとかなるんじゃない?」
「なんとか、ね。気楽すぎるとは思うけど」
「気楽に、とは行かんぜ? 姉ちゃんも、こっち側だからな」
 ドルトンは、離れて座っているグレイシアに顔を向けた。
「あっ……。これは、さすがに気まずいな。俺もやっぱり、あいつらに」
 アレンは席を立ち、荷物を取りに戸口へ向かう。建物の外では、馬の力強い足音と、大きな車輪の回る音が聞こえてきた。
 窓の外を見ていたティモシーが、アレンの方を見やる。
「少々、遅かったみたいで。残念でしたね」
 アレンは大きなため息をつき、その場に崩折れていた。

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【壊乱】#001

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執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2016.05.03

2018.05.02

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