【壊乱】#033

2016.05.08

竜退治をテーマにしたオリジナル小説。
第33話。

この記事は 約 5 分で読めます。

,

 地図とティモシーに聞いた道のりを頼りに、町外れの占い館へ向かう。昼日中の明るい日差しには不似合いな看板や、「休業」の札がかかった食堂や宿屋がよく目に付いた。生活雑貨を取り扱う店は道幅の広い大通りには見当たらず、歓楽街を貫く大通りを一本外れてしまえば、家屋がまばらな田園地帯。どちらにも、あまり人の影が見当たらない。
 田畑で作物の世話をしている老夫婦、道端に座り、適当に敷いたシート上に、雑に陳列された手作りの雑貨を売っている、子連れの女、生きているのか死んでいるのか分からない、毛布にくるまった男。街ですれ違う大人は誰も彼も、浮かばれない表情で、緩慢に動いていた。
 隣で歩くドルトンの足取りが、宿を出た頃に比べれば大分遅くなっている。その表情は、決して明るいとは言い難い。僕の視線に気がついたのか、ドルトンの目がこちらを向いた。
「どうした、ドルトン?」
「さすがにちょっと参ってな。昨夜はもう少し賑やかだったんだが……」
 ドルトンの視線が左右に振られる。道路の脇や路地裏には、銘柄のよくわからない酒瓶らしきものが数本転がっている。使い古された屋台の前で、バンダナと前掛けをつけた中年の男が琥珀色の液体をあおっている。
「酒に逃げたって、しょうがねぇんだろうけど。それを俺が言う立場でもないしよ。っと、ここを曲がるんじゃないか?」
 ドルトンは地図を見ながら、建物の奥を指した。ドルトンが示す先には、小高い丘と、それに続く坂道の途中にある建物が見えた。奇妙な形をした屋根に、派手な色の壁、建物を覆い隠すように生い茂る木々の組み合わせは、十二分に怪しく思えた。
 手元の地図に視線を落とす。これまで通ってきた道のりをぼんやりと思い描きながら、指で辿ってみる。やはり、ドルトンの言う通りらしい。
「おい、後ろ」
「えっ?」
 ドルトンの声に顔を上げる。元気そうな子供たち声が耳に飛び込んでくる。数人分の足音が上から駆け寄ってきた。後ろを振り返ると、丘の方から駆け下りてきたらしい十代未満に見える男の子たちが、僕たちを避けるように回り込んで、角を曲がって行った。
 ガラスが固いものに叩きつけられる音が、角の向こうから聞こえてくる。隣にいたはずのドルトンとアレンは、すでに坂道を登り始めていた。後ろの方にいたグレイシアの姿は、前を行く彼らの方には見当たらない。曲がり角の方を覗き込むと、先ほど屋台の前で呑んだくれていた男と、子供たちの間に、その瀟洒な姿があった。
 三人のうち、一番前にいたらしい男の子が、液体を頭からひっかぶっていた。向かいに立っている男の手にしていた瓶は、二人の間で、地面に叩きつけられて割れていた。
 グレイシアは外套の裾が濡れるのも構わず、男の子の前で屈むと、その頭を拭っていた。血が滲んだ膝についた砂を、軽く手で払ってやっている。
「おいこら、クソガキ」
 男の怒声に、子供たちの肩がビクッと上がる。
「高い酒をどうしてくれんだ。あぁっ?」
 眉根を寄せた男の腕が、グレイシアが介抱する男の子に伸びる。グレイシアの手が、すかさずそれを払いのけた。
「なんだ、姉ちゃん」
 グレイシアは、新しいガーゼを水筒の水で濡らし、傷口を拭った。男の子の頭を拭っていたタオルを本人に持たせ、優しく笑う。
「あなたたちは行きなさい」
 子供達は、自分たちの背後にあった細い路地へ足を向けた。グレイシアはその背中を穏やかな目で見守っている。
「おい、姉ちゃん。何を勝手に」
 男の手が、グレイシアの肩に伸びる。グレイシアは鋭い目で振り返りながら、その手を払った。男は少し驚きながらも、グレイシアの顔を見て鼻の下を伸ばした。
「中々、綺麗な顔をしてるじゃねぇか。あんたに酌をしてもらえば、ガキどものことは水に流してやるぜ? なぁ」
 男はグレイシアに身を寄せながら、肩を抱き寄せようと再び手を伸ばした。グレイシアはその腕を掴むと、身を翻しながら捻りあげた。 「いでででで。この、クソア」
 グレイシアは、そのまま男を叩きつけるように投げ飛ばした。男は、近くにあった屋台に体をぶつけ、肩を押さえながらグレイシアを睨みつけた。
「この、クソアマァ。付け上がりやがって」
 男は身を起こすと、懐から小さなナイフを取り出した。グレイシアの手が腰の剣に置かれる。僕は足に力を込め、身体を傾けた。全力で飛び出したところで、グレイシアの剣速では、間に合うかどうかは分からない。
 男は間合いを詰める。グレイシアの手が剣の柄頭に置かれる。
「はい、そこまで」
「あっ?」
 男は足を止めて、振り返る。男の身体は一瞬止まり、手に握られていたナイフはそのまま地面に落下した。グレイシアの手は剣の柄頭に置かれたまま、その目は男の向こうに向けられている。僕はグレイシアの隣に立ち、声の主を探した。
「いくら旅行中の軍人さんだからって、街中で剣を抜いちゃダメですよ」
 明るい声の主は、目の前にいた男の身体を脇に除けた。男は、口から泡を吹き、白目を向いたまま地面に横たえられた。
 胸元が大きく開いた服を着た、小柄な女が立っていた。
「おお、昨日の姉ちゃんじゃねえか」
 後ろから、ドルトンの声が聞こえてくる。女は、笑みを浮かべて僕の後ろへ向けて大きく手を振った。女の視線を辿って後ろを振り返ると、ドルトンがすぐそばに来ていた。
「昨日の姉ちゃんっていうと?」
「ええ。あんまり遅いんで、お迎えに参りました」
 小柄でグラマラスな女は、僕らに向けて恭しく頭を下げた。

この記事から読み始めた人へ

最初から読みたい人はこちらをご覧ください。

【壊乱】#001

竜退治をテーマにしたオリジナル小説。 第1話。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2016.05.08

2018.05.02

Loading...
Facebook Messenger for Wordpress