【壊乱】#034

2016.05.29

竜退治をテーマにしたオリジナル小説。
第34話。

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 小さな体が動くたびに、ゆったりとした袖が風をはらんで弧を描く。ピンクや赤紫の軌跡が、昼日中の青空に浮かび上がっては消えていく。
 程よくくびれた腰のポーチから、小さな紙包みと水筒が取り出される。女の足元で白目を向いている男の口に、包みの中の粉末を含ませ、水を注いだ。口を閉じさせ、顎を上に向かせると、口の両端からわずかに水がこぼれた。
 口からこぼれた水が、白く柔らかそうな手にかかる。女はそれを振り払い、男の背中を壁にもたせ、こちらを向いた。
「お待たせしました」
 力を感じさせない動きで立ち上がる。
「行きましょうか」
 女は、僕らの横を取りすぎると丘の方へ歩き始めた。グレイシアは後をついて歩いていく。ドルトンは、女の顔をちらちら見ながら、その隣を歩いた。
 後ろで気を失ったままの男に視線を取られながら、先に行ったみんなの後を追いかけた。
「あのーー」
 女は僕が言い切る前に言葉を挟んだ。笑みを浮かべた顔を、こちらに向ける。
「大丈夫ですよ。さっきのは、記憶を消す薬ですから」
「記憶を?」
「ええ。正確に消すことはできませんが、一時間や三十分単位なら根こそぎ奪えます」
「そんなことしても」
「身体には何の影響も出ません。二日酔いみたいな気持ち悪さは残りますけど、それで街が平和なままなら安いもんじゃないですか?」
 目元や口元、声には笑みが乗る。視線の奥は、僕の脳を貫くような意思の強さを発している。
「ま、怪我人というか、死人も出ずに済んだし、いいんじゃないか?」
 女の隣で、ドルトンは嬉しそうな声色で言う。グレイシアは、澄ました顔で歩調も変えずに歩き続ける。視線に気がついたのか、目を挙げ、剣の鞘に手を当てて眉根を寄せた。鋭い睨みに耐え切れず、目をそらす。
 女の目は相変わらず僕に据えられたまま、その足は占い館へ近づいていた。館の方へ目をやると、建物の前にいたはずのアレンが姿を消していた。
 立派な構えの門扉がわずかに開いている。しばらくすると、館の窓がほんの一瞬強い光を放った。
「お連れさんはもう、中に入ったようですね」
 女は館の前で足を止めると、門扉に手をかけて大きく開いた。敷地の奥、館の玄関に進んで行く。そのすぐ後をドルトン、少し間を空けてグレイシア、僕とついていく。
 玄関のドアを引くと、奥の廊下は異様に暗い。背後から差し込む明かりが、床に着いたアレンの足跡を浮かび上がらせた。建物の奥の方から、かすかに声が聞こえて来る。
「一人で入ったのか、あいつ」
 ドルトンは先ほどの嬉しそうな表情はどこかへ行ったのか、随分と頼りない顔だ。案内役の女は、玄関脇に置いてあったランプを手に取り、マッチを擦って火を灯した。玄関のドアが閉まると、灯りはほぼ、小さなランプだけになり、ドルトンの眉毛が下がった表情がわからなくなる。
「迷信とか信じないからね、アレンは」
「魔法を使うのにか」
「まあ、そうだけどね」
 奥の部屋から強い光が漏れてくる。余りの眩しさに目を細めながら、女の後について光の元へ向かう。近づくたびに聞き取れるようになってきたのは、アレンと誰かが話す声のようだ。
 女は、豪奢な扉の前に立ち、足を止めた。呼吸を整えるように長い息を吐く。ドアをノックする。
「おババさま。客人を連れて参りました」
「うむ。入りなさい」
「失礼します」
 女はドアを開け、部屋に入る。奥はさらに怪しげな雰囲気が漂っている。天井から吊り下げられた薄手の布が、半ばテントのように空間を区切り、そこここに頭蓋骨や黒焼きのイモリ、コウモリの死骸などが飾られている。
 その部屋のど真ん中、水晶を前に座っている小柄な老婆が、アレンと仲睦まじげに話していた。老婆が視線を僕に送ると、話を中断したアレンがこちらに顔を向けた。
「おお、遅かったな」
 アレンはそういうと、手元に広げられた書物に一瞬目を落とし、老婆へ顔を向けた。
「それじゃあ、これは」
 アレンは書物を閉じ、壁の書棚へ体を向けた。
「戻さんでも良い。持っておいき」
「えっ、いいの?」
「かまわん。他に気になる本があったら、遠慮なく持っていけ。返さんでもいいぞ」
「本当? じゃあ、遠慮なく」
 アレンは本棚に戻しかけた本を、手元の台に置くと、壁の書棚へ向き直る。胸の前で腕を組み、あちらこちらへ顔を動かしている。
「お主らはこっちじゃ」
 老婆は、僕らを手招きした。女は一歩引いて脇に立ち、僕に前へ進むように促す。
 老婆は椅子に座ったまま、僕らが近づくのを待っていたが、何かを思い出したように怪しい笑みを浮かべた。
「そういえば、横のお主」
「ん、俺か?」
「そうじゃ、デカいお前さん」
 老婆は肘掛に立てかけていた杖を握り、ドルトンへ何かを呟いた。僕の後ろを歩いていたドルトンは急に足を止め、喉に両手を這わす。口を膨らませ、中身を床にぶちまけた。ドルトンの口から飛び出したのは、元気に歩き回るイモリ。床の上で徐々に黒く焼けていき、焼けきったと思ったらそのまま黒い灰になって、空中へ霧散した。
 ドルトンは口の中から舌を突き出しながら、荒い呼吸を繰り返す。
「な、なんだ今の」
「ワシへの悪口は全てお見通しじゃからな。口には気をつけることじゃ」
 そういえば昨夜、ヨボヨボの婆さんとか言ってたっけ。半ば無意識に、手が口元へ伸びる。
「安心せい。お主にはいたずらはせんから、早く近くへ参れ」
「あ、ああ。はい」
 後ろに目をやると、グレイシアは少し離れて立っている。老婆は、僕だけを見ているらしく、一人で彼女の前に出る。老婆の眼は、なめるように全身を見つめていく。
「アマンダ、灯りを近くに」
 アマンダと呼ばれた案内役の女は、手に提げていたランプを手近な台に置き、部屋の奥から大きな照明器具を運んでくると、老婆と僕の間にそれを置き、明かりを灯した。

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【壊乱】#001

竜退治をテーマにしたオリジナル小説。 第1話。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2016.05.29

2018.05.02

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