【壊乱】#035

2016.06.08

竜退治をテーマにしたオリジナル小説。
第35話。

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「ほぉ、いい男じゃないか。意志が強いだけじゃなくて、優しさもある。大きな哀しみも知っている……」
 老婆はそこで押し黙り、じっと僕の眼を見つめる。
「大変な使命を背負わされてしもうたな」
 老婆の目が柔らかく細められる。ドラゴンの討伐のことだろうか。いや、その件はまだ口にはしていないはずだ。
「トカゲ退治は確かに大変じゃが、もっと辛い試練がお主を待ち受けておる」
「えっ?」
 老婆は、テーブルに置いていたカップを手に取り、一口啜る。
「その試練というのは?」
 ゆっくりとカップをテーブルに置き、立派な椅子に体を戻す。
「詳しくはワシにも分からん。いくら占っても、黒い霧がかかって先が見えん」
「なんだよ、それ。そんな話しをするのに俺たちを呼んだのか?」
 平静を取り戻したらしいドルトンが、老婆に言い放った。老婆は、ドルトンに一瞥をくれる。
「落ち着きのないデカブツじゃのう。しばらく黙っておれ」
 老婆は杖を振る。何かを言おうとしたドルトンの口が、見えない力で強引に閉じられていく。口を閉じたまま呻き声を漏らしているが、何を言っているのかわからない。
「その表情も、よぉ似とる」
「似てる? 僕が、ですか?」
「そうじゃ。じゃが、他人の空似じゃろうて。あの人は、子供はおらんと言うとった」
「あの人というのは……」
「ワシの師匠というか、憧れの人じゃ。今でこそババアじゃが、二百年ぐらい前は、ワシも恋い焦がれる娘時分があったんじゃ……」
 老婆は、空中に視線を止め、ここにはない何かを見ているようだった。
「パーカー庭園の看板娘バーバレラといえば、ここいらではちょいと名の通った美人でね。小金を溜め込んだパーカー家は、小高い丘で宿屋も初めてね。バーバレラはそこの食堂で給仕として働いた」
 老婆、バーバレラの目は穏やかに部屋の中を見つめている。
「ワシの美貌を聞きつけて、遠い街から泊まりに来る旦那もいたし、隣国の大臣や貴族もおった。全部、払いのけてやったがな」
 バーバレラの視線をおって、部屋のあちらこちらへ視線を向ける。天井は高く、中央には豪奢なシャンデリアが、骨組みだけを残して吊るしてあった。
 壁際には立派な暖炉も見える。背の高い椅子がいくつか横に並び、仕切りになっているカウンターの向こうには、割れたグラスがまばらに置かれた大きな棚が備え付けてある。グレイシアは、手頃な椅子を見つけ、そこに腰掛けてバーバレラの話に耳を傾けている。
「そんな宿屋に、一組の旅人が泊まりおった。物々しい装備をした兵隊と、軍人には見えない一人の優男が混ざった、変わった一座だった。その優男が、フリード・オーウェンだったと言えば、何の話か分かるじゃろ?」
 バーバレラと不意に視線がぶつかり合う。
「オーウェンと言えば、一昔前の英雄だな」
 大きな本を二冊、胸の前に抱えたアレンが隣のテーブルに腰掛けた。二冊の本を卓の上に広げ、嬉々として読み始める。
「その身を犠牲にして、竜退治を成し遂げた人物」
「そう。さすがによく知っとるな」
「でも、俺には信じられないな。オーウェンは、優秀な魔法使いで武闘派だった話は出てこない」
 アレンはページをめくりながら、顔を上げる。
「本当に、オーウェンがやったのか?」
「さぁ。どうかね。竜退治の詳しい話はワシも知らん」
「でも、婆さんの師匠なら、分からんでもないか」
 アレンは小さくうなづきながら、手元の本に視線を戻した。食い入るように、本から目を離さない。
「その、オーウェンと僕が似ていると?」
「どうかの。フリードの方が優しくてハンサムだったかもしれん」
「そんな……」
「ま、ババアの思い出話じゃ。美化されとるわい」
 バーバレラは声を出してひとしきり笑うと、居住まいを正すように座り直した。
「占いを教えてもらい、魔法を教えてもらった。この人のいうことは絶対正しいんだと信じていたのに、必ず帰ってくるという約束は、二百年経っても言う通りにならなかった」

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【壊乱】#001

竜退治をテーマにしたオリジナル小説。 第1話。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2016.06.08

2018.05.02

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