『国家はなぜ衰退するのか』権力・繁栄・貧困の起源

2016.07.26

前々から読みたかった本が手に取りやすい文庫本になったので、読んでみました。
本当にざっくりとした書評を、個人的な考えを交えつつ書き起こしてみました。

この記事は 約 5 分で読めます。

ダロン・アセモグル&ジェイムズ・A・ロビンソン著
鬼澤忍訳
ハヤカワ・ノンフィクション文庫

上下巻セットでそれぞれ付属の資料含めて400ページの分厚い本。

ざっくり言えば、「政治経済」に関する書籍。
個人的には未読の『21世紀の資本』と似たようなアプローチで、「歴史」に焦点を当てながら、貧富の差が生まれた理由を探り出して解説しているように思う。

以下、個人的な考察というか読んで考えたことを中心に記述。ネタバレも含むかも。

誰が富むかどうかを決めるのは、「ルール」であり「仕組み」であり、それらは全て「政治」である

本書を読んで一貫して語られているのは、「政治と経済とは切り離せない」ということ。
また、国境を挟んで隣接している似たような地域で貧富の差が出るのは、全て「政治」の違いであるというのが本書の主張のように思う。

これは当たり前であると思うと同時に、中々にショックな言い方であるように思う。
地方自治では異なるのかもしれないけれども、沖縄や北海道などの経済が他の地域に比べると見劣りしてしまうのは、気候の問題でも産業構造のせいでも知識の有無でもなく、政治のせいだとするなら、こんなにも残酷な答えはないと思ってしまった。

キーワードは、「包括的」か「収奪的」か

本書に散りばめられたキーワードで重要な対立軸となるのは、上記のフレーズ。

権力が社会に広く配分され大多数の人々が経済活動に参加できる、包括的な政治制度、包括的な経済。
限られたエリートに権力と富が集中する、搾取が起こるのが収奪的な政治制度や、収奪的な経済。

また、包括的な政治制度が機能するためには、中央集権的な政体も必要になるという。

収奪的な政治制度や経済では、一所懸命に生産してもいつかはエリートに奪われるという気持ちが働く。
おまけに、生まれた時点での富める限界が定められてしまう傾向にもあるようで、「頑張る」気力やそういったインセンティブも働かない。

加えて、権力を握る側に回ったエリートたちはエリートたちで、新興勢力に権力や富を奪われないように、「出る杭は打つ」ように動いてしまう。
つまり、イノベーションが起こっても、できるだけ「変化しない」ように「貧しいまま」でいてもらうような政策、ルール作りを行ってしまうという。

必死に溜め込んだ私有財産も、法律が変わることで取り上げられてしまうようでは、民間の投資も勉学も起こらなければ、革新も起こり得ない。
万が一、クーデターや革命が起こってトップが入れ替わっても、エリートの顔ぶれが入れ替わるだけで政治体制は大きくは変わることなく、負のスパイラルは断ち切られないまま続いていくという。

包括的な政治制度、ざっくりいえば中央政府と平等に働く法律が存在する民主的な政治制度では、国家は繁栄しやすいという。

働けば働いた分だけ、私有財産は確保でき、全員が同じ法律という監視の元で生活できる環境であれば、エリートだけに力が集中するという事態は防ぎにくく、大掛かりな重税や搾取のような暴挙は抑圧されやすいようだ。

富の再分配が機能するためにも、権力が分散してしまうような政治体制ではなく、強力な軍隊や武力を保有した政府が存在する状態でなければ、「公平な」経済発展が約束されにくく、公平な状態でなければ、頑張って働こうという意欲も湧きにくいというのが、本書の主張のように思える。

一部の人間が富を握ったり、権力を持つ顔ぶれが固定化されるような状況では、発展は難しく、発展したとしても限界が必ず訪れて、やがて衰退に向かうというのが、著者が言いたいことのように思う。

もう一つのポイントは、「創造的破壊への恐怖」

イノベーション、新興勢力との入れ替わりを阻害する要因の一つが、「エリートからの抑圧」らしい。
先ほども記述した通り、「出る杭は打つ」ようなことが容易に行われるようでは、イノベーションは起こりにくい。

何か新しい技術や機械を生み出して生産性を向上させたりしても、今までのエリートたちが立場を失うような感覚を覚えると、大きな反発を食らってしまい、そこを打破できないという状態が続いてしまうと、イノベーションはそこまでで止まってしまい、社会の発展もあたらな投資も生まれないということが本書に記述されている。

その、エリートたちが恐れているのが「創造的破壊」。
温故知新、新陳代謝。

日本語で言えば、「老害」と言われそうな反応を引き起こす、「創造的破壊への恐怖」。
収奪的な政治体制、経済では、新興勢力を押さえ込む方向に働きやすいというのが、衰退や経済成長に限界をもたらす要因になっているようだ。

そして、エリートたちが余計なものを知らなくてもいいように焚書をしたり、情報統制をかけたりするような国が、未だに貧困のまま、発展途上、後進国の位置に居続けているというのが本書のタイトルになっている、『国家はなぜ衰退するのか』ということの答えのように思う。

成長し続けるのは、変化に富む方

結局のところ、衰退を避けるには「変化をし続けるしかない」という答えにたどり着く。

政治や経済に限らず、物理や生物的な部分でも普遍的な法則のように思える、「エントロピー増大の法則」。
放置していれば、変化に必要な熱エネルギー、若さのようなものを失ってしまい、変化を望まなくなってしまうと崩壊していく。

衰退を避けるには、「固定化」を避けることと「老化」を避けること。この2つに行きつくような気がする。
若くあり続けるため、変化し続けるためにも、一人に富を集約するのではなく、周りに分散させていく。再分配を進めていく。
今、必要なのはそういう行動なのではなかろうか。

まだまだジニ係数が大きくないとはいえ、そろそろ貧富が固定化してきたような気がする日本国内も、本気で行動しなきゃいけないんだろうなということで、書評的なものを終わろうかと思います。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

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