『破壊する創造者 ウイルスがヒトを進化させた』

2016.07.28

人が陸地で生きられるのも、人が胎盤で子供を育てられるのも、人が遺伝子を受け継いで行けるのも。ほとんど全て、ウイルスが関わっているとしたら、どうだろう? 悪さを引き起こす病原体という認識しかないウイルスと、人間との関係を語った衝撃の一冊を、若干ダラダラと書いてみました。

この記事は 約 9 分で読めます。

著者フランク・ライアン
翻訳夏目 大
出版社早川書房

同名の書籍が、ハヤカワ・ノンフィクションの文庫本でもあるので、そちらもおすすめ。

進化生物学者であり、医師である著者、フランク・ライアンが、ヒトのゲノム、遺伝情報の大半がウイルス由来のものであるという中々に衝撃的な話題から切り込んでいく、進化とウイルスにまつわる話題を展開していく1冊。
細胞の集まりであるヒト、ウイルス由来のゲノムを持つ遺伝子、胎児という他者と胎盤を通じて免疫が働かないようになる理由など、病気に関連する部分から光を当てながら話を展開していく。

進化の学説についての話、生物の区分についての話、病理に関する話などを行き来しながら、話が進んでいく様子は中々に刺激的で、読みにくい箇所はあるものの、一気に読めてしまう面白さもある。
スペースの関係で全てはご紹介できないので、ぜひ本書を読んでいただいてその面白さに出会っていただければと思う。

まずは、ビビッときた部分を中心に拾い上げて、まとめに向かえればと思います。

外部から葉緑体を取り込んで一生を送る、不思議なウミウシ

本編は、「エリシア・クロロティカ」という植物と動物の両方の性質を併せ持った風変わりなウミウシの話から始まる。

このウミウシ、葉緑体を有しているのだけれども、生まれつき葉緑体を持っているのではなく、育つ上で外から取り入れるという。
取り入れられた葉緑体は、自らを維持するタンパク質をウミウシから供給を受けながら、光合成で生み出したエネルギーをウミウシに提供する、「共生」の関係を築く。

ただし、ウミウシのタンパク質を葉緑体が取り入れるには、ウミウシの細胞核に自分の遺伝情報を受け渡す必要がある。他者として侵入した組織が、ウイルスの力を借りて同一化を果たすという。

このウイルスは、ウミウシが死を迎える頃に活性化してウミウシの体を攻撃するという。

一旦、自分の体に取り込んだ葉緑体、葉緑体を取り入れるために役に立ってくれたウイルスが自分を攻撃する。
生きるために取り込んで共生を続けてきたのに、ある日突然牙をむくというのはなんとも恐ろしい話ではないだろうか。

ウイルスとの共生、自分の内側からある日突然悪意が生まれるのはなぜだろうかという話が、進化に絡めながら展開されていく。

ウイルスとの「共生」、自然選択への影響

ウイルスなどの微生物も、生きていくには宿主の存在が必要なのだとすると、進化の仕方がダーウィンが考えたものよりも、ダイナミックなものになるという。

宿主の存在が必要な寄生者が、遺伝子、子孫を残せるのは宿主が生存して繁栄できた場合のみ。寄生者の遺伝子に起きた突然変異が自然選択をくぐり抜けて定着するのは、宿主の適応度(遺伝子の残しやすさ)を高めた場合のみだと、メイナード・スミスという人物が主張している。

ウイルスといえば病気のイメージが強いものの、宿主の適応度を高めなければ共に生存、繁殖できないとなるとお互いに協力するような関係になるというのは、そう難しい理解ではない。
ウイルスが悪さをするだけだという思い込みがあれば飲み込めない話ではあるが……。

ダーウィンが考えたものよりも、早くてダイナミックな変化を引き起こすのにウイルスが一役買った可能性はいくらもあるようだ。

緊張感の溢れる「攻撃的共生」

二種類以上の生物がお互いに利益となるような共生関係を築いている状態を、「相利共生」という。
一方の生物が、生来の能力や性質を生かし、もう一方の生物にかけている部分を補うという現象が見られるらしい。

ウイルスと宿主の場合も基本的には同じで、宿主はウイルスが増殖するための遺伝機構を提供し、ウイルスの側も宿主にはない重要な能力を提供し、共生関係を保っているという。

その能力というのが、ウイルスが持っている「攻撃性」で、この攻撃性が宿主の進化に影響を及ぼしているというのが著者の主張である。

宿主を死に至らしめるような、宿主の種に淘汰を引き起こすような攻撃性。ウイルスを中に取り込んだ後も突然発揮されてしまう「攻撃的共生」が、進化にとって重要なメカニズムではないかという。

ウイルスがこれまでに感染したことがない新しい宿主に感染するところから始まり、徐々に攻撃性を調整しながら、宿主に感染しても宿主が大きく体調を崩さない程度の、良好な関係を結ぶようになっていくのではないかというのが、著者の考えであるらしい。

ウイルスに感染した宿主が生き残るようになれれば、ウイルスも生き延びられることになり、やがて宿主と進化し続ける相利的な関係に変わっていけるという。

新しいイノベーション、発見に出会ったとき、新しい文化やコミュニティと出会ったときも、似たような動きが起こるように思う。
攻撃的な反応から、お互いに打ち解けていけるまで。過激なやり取りを繰り返しながら落ち着くところに落ち着いていくと、その多様性がお互いに補い合いをもたらすというシーンが、ウイルスと宿主との間にも起こっているというのは理解しやすい。

ゲノムに入り込む能力を持つ、レトロウイルス

自らの遺伝情報を転換する能力を持つウイルスは、宿主のゲノムと一体になれてしまう。
また、このレトロウイルスは生殖細胞のレベルでも、ゲノムの融合を引き起こすことができるので、宿主のゲノムに最初から入り込む「内在性化」が起こせるという。

宿主の外側にいた外来性のウイルスが、いつの間にか自分の体の内側にいて、その後の子孫にも引き継がれていく。

この現象を、なんとも恐ろしく、なんとも面白い奇妙な現象のように思ってしまう。

そして、この現象が繰り返されて、ヒトゲノムの中には多くのレトロウイルスの残滓が組み込まれているという。

細胞内の他者、ミトコンドリア

私たちの身体は、「他者と共有しているもの、また他者に賃借され、他者に占領されているもの」で、「細胞の中にいる他者によって、私たちはエネルギーを与えられ、そのおかげで私たちの輝かしい日々は、より素晴らしいものになっている」らしい。(by ルイス・トーマス)

細胞の中、核の外側には自分たちと同じとは言えない「他者」が多数存在しているらしい。ミトコンドリアももちろん、他者である。

ミトコンドリアはほぼ「細菌」と同じ遺伝子のまま、細胞分裂の際にも、完全に他者として複製されるらしい。
完全に他者であるにもかかわらず、母から子へ受け継がれる。

ただし、私たちのような生き物に取り込まれたときから、共生を続ける上で望ましくない部分は放棄されているという変化も起こっている。
それでも、細菌としての性質を持ち続けているために、突然スイッチが入り病気を引き起こす要因にもなるという。

小さな小さな細胞の中ですら、他者が存在していて、ゲノムにすら組み込まれていないにもかかわらず、融合的な行為が行われている。
不思議であるとともに、面白い現象であるようにも思える。

人の発生、胎盤組織にも多数のウイルスが関与している

母親の免疫システムには「他者」である胎児と母親の血液とが直接触れ合ってしまうと、なんらかの拒絶メカニズムが起きてしまう。
母と子で血液型が違ってしまうと、血液が混ざりあってはならず、ここをサポートする胎盤、胎盤の中で機能してくれるタンパク質にどうやらウイルス由来の性質が関わっているという。

精子や卵子の結合の瞬間にも、ウイルスが関わっているとなると、人に限らず、哺乳類の繁殖そのものに、ウイルスが不可欠な存在になっている状態のようだ。

しかし、がんを引き起こしたり、免疫システムを狂わせたりするのもウイルスや「内なる他者」の存在が原因にもなってくるという。

共生関係を、組織に置き換えても、同様の関係は見えてくるように思う。

本書を素直に、人の進化という側面だけで見ていっても十分に面白いのだけれども、一歩進んで組織や生きる上での教訓も引っ張ってみようとすると、「攻撃的共生」や「共生」という言葉は、企業や組織にもほぼそのまま生かすことができるように思う。

まず、第一に学んだのは、生きる上で絶対に安全なこともなければ、良い悪いという二元論に立つこともできないということ。
ウイルスとの接触がなければ淘汰されることも、後で病気にかかることもない代わりに、繁殖で優位に立つこともできない。
良いか悪いか、完全に安全でなければ取り入れることができないという発想では、そもそも自分の身体を信頼していくこともできなくなるように思ってしまった。

第二に学んだのは、変化に触れた瞬間に、いつまでも攻撃的で折り合う瞬間がなかったり、変化を受け入れることができなければ、より強い力に滅ぼされるというのが世の常っぽいということ。

第三に学んだのは、他者を受け入れながら、手と手を取り合って生きていくしかないということ。
また、親しき中にも礼儀ありということを忘れないようにしなければ、いつ「内なる敵」に牙を剥かれるかわからないというのも、面白いと思った。

ガンや免疫系の病気なんかは、まさしく気を抜いたり、老化を受け入れてしまった瞬間に起こることが多いようなので、組織的にも同様の現象が起こり得るというのを、本書から読み取ってみた次第である。

四つもあげると多いのだけれども、遺伝情報に限らず、ある一定の「決まり」の上で生きていられるのが身体であり組織であり、社会であるのだから、その点も忘れないようにしないと、足元から全てが崩壊してしまうというのも隠れた教訓として忘れないようにしたい。

なんだかとても、ダラダラと書き連ねてしまい、本書の面白さを全く伝えきれていないように思う。
それでも、たくさんの価値観の転換が起こる衝撃の読書体験になると思うので、ぜひ否定的な目を持たずに書籍を手にとって読んでもらえれば幸いです。

創造と破壊はやっぱり、表裏一体だなぁ……。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2016.07.28

2018.04.30

Loading...
Facebook Messenger for Wordpress