『資本主義の「終わりの始まり」 ギリシャ、イタリアで起きていること』

2016.08.08

資本主義、いや民主主義は一体どうなっていくのか。ギリシャ、イタリアで数年前に起こった出来事を切り口に、市井の人々とこれからの時代を考えた著書を噛み砕いてみる。

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著者藤原章生
出版新潮社選書

低成長を是としたり、脱成長を主張したいような逆神の経済学者が書いたものではなく、ルポライターのような著者が、現地で取材した声を元にまとめあげた著書という印象。読んで感じたことを中心に整理してみる。

ギリシャのデフォルト問題の付近で起こった、市井の人々の話

イギリスのEU脱退や移民、難民問題のあった最近の問題よりも、東日本を中心とする震災が間接的に影響して起きた頃のお話。
デフォルトの問題や財政再建プランについて国民投票を実施しようとしていたギリシャ、それに連動するような形で国債の利回りが上がったイタリアで住んでいる人たちを取材した中身が一つになったような書籍。

これを読むに、ギリシャやイタリアで起こっている問題と、今の日本で起こっている問題とが微妙にリンクしているような気もしてくる。

人々を分断する様々な溝

経済的な格差という区分がある一方で、色んなコミュニティが固まりつつあり、各コミュニティや階層での不信感が募っているというのが、現代の先進各国に蔓延する空気の正体のような気がする。

すでに十分な資産を持っているエリート層、過去のやり方で自分たちだけ反映していこうとする若干軽薄なDQNっぽい層、今までの経済や学問を牽引してきたものの「もう頑張るのはしんどい」とセミリタイアした層、まだまだ頑張れるはずだと思う若者の層に、何もかも諦めてしまったニートに近い層、深く考えずに今までと同じ毎日を繰り返す層、その他の層と。

お金の有無、将来への希望の有無、情報リテラシーの有無、利他心の有無、文化的な教養の有無、その他諸々。様々な要因で区切られた人たちが、異文化や異教や異郷、異なる言語を話すからと分かりあうのを諦めて自分たちを変えずに周りに代わってもらおうと期待する状況。

そりゃあ、どんよりもするし、頑張ろうと思っても足を引っ張る重力がまるで違うことになる。

分かりあう努力は諦めたくない

話し合えばなんでも解決するという、脳足りんなお花畑の話をする気もないけれども、自分たちと色んなものが異なるからと、対話をやめて不信感を振りかざして排斥するというやり方では、何も変えられないように思うし、そういった違いを乗り越えてきたから今があるとも思っている。

背景が違っていたり、今抱えている問題が違っているのは理解するし、話すだけで何も解決しないかもしれないけれども、ここでコミュニケーションを諦めて武器やお金を振りかざすだけでは、人は滅ぶしか無くなるような気がするから、なんとか見えない色んな溝、色んな区分を乗り越えて、色んな人とコミュニケーションしながら、色んな文化をかき混ぜていくキッカケになれればいいなという思いがある。

自分たちの守りたいものもわかるし、残したい伝統も理解するし。
その上で、譲り合えるところはないのか、分かり合える手段や方法はないのか。
色んな人たちの間に立ってコミュニケーションできるかもしれない人間だからこそ、色んな人やコミュニティ、ものをつなげる存在になれればいいなぁ……。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2016.08.08

2018.04.30

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