「情報伝達のコト化」を小さな指針にしてみる

2016.12.07

コト消費という用語が出回り始めて、数年。情報伝達、情報発信も「モノ」に注力するパターンと「コト」に注力するパターンの二つがあるのではと思ったところから、考えを広げてみます。

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「何を伝えるか」より「どう伝えるか」にこだわりたい

モノ消費とコト消費。なんとなく見たり聞いたりしたコトがありそうな用語。「モノの所有価値を重視」するのが前者、「使用価値を重視した」のが後者とのこと。(参考:コトバンク 「コト消費とは」 url:https://kotobank.jp/word/コト消費-1725908

情報発信、情報伝達にも、モノとコトがあるのではないかと個人的には思っている。伝わりにくい例えをもってくるなら、前者が「漁師」、後者が「寿司屋」。もう少し近い比喩を用意するなら、前者が「新聞記者」で後者が「小説家」あたりか。扱うネタそのもので勝負したり、スクープを取ってくる技量で勝負するのが前者、後者はそのネタをいかに味わってもらうか、いかに楽しんでもらうかを世間に問うもの、だと考えてみる。

大半のWebサイトは、名目上オウンドメディアと呼ばれるものを運用していたとしても、ほぼ前者。後者を意識した書き手は、紙媒体にはいても、Webにはあまりいない印象。「伝えるモノ」の勝負でレッドオーシャンになってしまっているのではないだろうか。
そのため、「ネタ」の捏造や「ネタ」の脚色など、モラルの崩壊も珍しくない。「コンテンツマーケティング」や「マーケティングオートメーション」、「ユーザー体験」を重視するようなマーケティングが流行っている割には、肝心のコンテンツは鮮度や過激さ、トレンドに乗っかっているかどうかだけの、底の浅いモノが多くなっていたりする。

たまには、「目の付け所がシャープでしょ」と独自の切り口で取材したり、ネタをひねり出した記事を作っているメディアもあるけれども、あれも結局は「情報を得るコト」や「情報を伝えるコト」に注力してしまっている。ニッチなフィールドを選んでいる雑誌や新聞に過ぎず、情報の「モノ消費」という意味では大差がない。

「モノ消費」を提供する側に回るだけの体力もなければ、それをやる覚悟もない。おまけに、それに向いている気質でもない。やりたいことも、やれることも、「コト」にフォーカスした情報伝達。情報を得るための「手段」として「書く」のではなく、「書き残されたモノを読むコト」自体が楽しみな目的になるように、「書く」。物書きとしては、そこにこだわりたい。それを「情報伝達のコト化」と表現してみた。

目指すのは、『深夜特急』(沢木耕太郎)や『AV女優』(永沢光雄)

前者は、「インドのデリーからイギリスのロンドンまで、乗合いバスで行く」ことを目的に旅に出た「私」の物語。後者は、AV女優という生き方を選んだ女性をインタビューした記録集。いずれも、その中に出てくる情報の、モノとしての価値はさほど高いモノではない。ありふれたとも言えそうな題材と、それを伝える書き手の組み合わせが、素晴らしい読書体験に連れて行ってくれるところが、「コト消費」化された情報伝達ではないかと思っている。

梶井基次郎の『檸檬』や織田作之助の『夫婦善哉』なんかも、中に出てくる情報そのものは非常に素朴だ。その、「素朴なモノ」の伝え方を工夫することで、裏に隠れた何かを伝えようとしている。情報そのものではない、何かを味わってもらおうとしている。その空気感、書き手の気遣いや息遣いを届けてみたいし、そこを認めてもらいたいとも思っている。

「どう伝えるか」にこだわって、「繊細な個性」を守りたい

レビューや取材で、「モノ」としての情報を発信してしまうと、どうしても伝わりやすい部分、伝達しやすいはっきりした部分だけが残ってしまう。そうなると、ささやかな凹凸や機械では分からないこだわりの部分が削られてしまう。どれだけデジタル化が進んだとしても、サンプリングとして複雑になりすぎないようにカットされる部分が出てくるし、伝え方を工夫したところで、実体験と想像力を超えることはできない。

言葉にできる部分、写真や音楽、映像にして伝えられる部分と、伝えられない目に見えない部分と。後者の方が圧倒的に豊かで、後者があるからこそ、個性的な違いが無数にあるというのに、「何を伝えるか」だけを競ってしまうとその「個性」を塗りつぶした別物を届けることになってしまう。それだけはやりたくないから、「どう伝えるか」にこだわりたいと思っている。

それも、極力空気感をそのまま伝えられるように、自分の個性は消せるだけ消すことにもこだわりたい。美味しい水や美味しい空気、磨き抜かれた白や黒のように、「個性」を引き立たせるために「磨き込まれた背景」であろうと思っている。

どんなコンテンツ、個性であっても良さがある。悪い部分も丸ごと伝えて、言葉にならない部分こそ伝えられるように表現を選んでいく。そうやって、とことん豊かさにこだわった「コト化された情報伝達」、仮面ライターのブランド体験をお届けできるように精進していきたいと考えている。

人って面白い。違うことって素晴らしいと伝えたい

何を面白いとするかは人それぞれで、それに意見する気は全くないけれども、個人的には「人」以上のコンテンツはないと思っている。人が一所懸命作ったサービスやモノも面白いし、それを生み出すに至った「個性」や「その人だけの人生」、過ごしてきた空間や時間が生み出す唯一性。それを面白がりたいし、その面白さをさりげなく伝えたい。

自分自身は最終目的地になるようなタイプでもないし、できるのは「道のり」を豊かにしてあげられることだけ。最終目的地に至るまでをお手伝いすること、最終目的地の個性を守ることしかできない代わりに、それだけは必死にやり抜いてみせようというのが、新しくも古いコアの部分。

レビューよりもエッセイやフィクション、新聞記者よりもルポライターや小説家。そういうスタンスで、これからも険しい道を歩んでいければと思う次第……。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2016.12.07

2018.04.30

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