ゴールというか、やりたいことを改めてまとめてみる

2016.12.20

ゴールは何なのか、やりたいことは何なのかを問われることが増えてきたので、この機会にコアの部分を開陳してみます。

この記事は 約 7 分で読めます。

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明確な目標はない。未来を見たい

達成したいことも、到達したい目標もない。ざっくりとした希望をあげるなら、今よりももっと未来なSF的な世界を見てみたい。
『AKIRA』や『攻殻機動隊』、あるいは『ガンダム』。アシモフやディックが描いた世界を思い描く人もいるだろうけど、ああいうサイバーパンクな技術革新が進んだ世界をみたいし、新しい社会が作られる過程を感じたい。

いま目の前に広がっている、若干の古さを感じる世界で何かを成し遂げるつもりもないし、いつか終わるだろうと思っているこの仕組みの中で一山当てると言うのも、興味はない。それよりも、さっさと次の社会、カオスに飛む若返った世界で人生を謳歌したい。だからこそ、平和裡に世界を変革したいというのがやりたいこと。

今の支配構造では、いつまで経っても木星旅行は達成できない

先日も中東でテロがあった。宗教に絡む戦争や経済的な内紛、イデオロギー闘争が絶えないし、国内に目を転じて見ても、足の引っ張り合いや頭の押さえあいがひどい。お互いに手と手を取り合って、より豊かで新しい社会 = 未来を作るということに今から注力してもらわなくては、生きている間にフィクションっぽい未来社会はやってこない。それでは困る。

だから、格差や支配者階級を固定化しようとする今の仕組み、今の社会構造を変えなくてはいけないと思っている。可能性と時間を含めたリソースをどんどん食いつぶしていくやり方が延々と続くのは我慢できない。

ただ、上から力で改革を起こすような従来のやり方を取るつもりもない。今ある幸せを壊してまでやることではないだろうし、そんな表面的な変革ではまた逆戻りする。それを阻止するような取り組みをしなければ、自分の人生が無駄になる。できれば、そういうことも避けていきたい。

今の仕組みを終わらせるために、「打倒ショッカー」を担う

そろそろ、新しい仕組みや社会構造を確立しないと、世界はこのまま革新しないで終わってしまうんじゃないかと思っている。
ここで、アーサー・C・クラークが描いた『幼年期の終わり』やエヴァンゲリオンで描かれている『サード・インパクト』のような、大規模な変革、人類の劇的な進化というのを、大真面目にやっていかないと人類やこの宇宙の可能性は閉ざされてしまうのでは、と。

そんな世界の終わりを回避するための、最大の障壁が今の世界秩序。宗教論争でテロを起こしたり、格差や支配者階級を固定化して内紛を迫ったり、「人の弱さ」を増長して新しい可能性を潰しまくっている「部分」をどうにかしないことには、『幼年期の終わり』は迎えられない。この「部分」を部分的に描写したのが、石ノ森章太郎氏が漫画版の『仮面ライダー』で示した「ショッカー」(=実は日本政府だったという衝撃的な示唆)じゃないだろうか、と。

実際の日本政府がそうだと言うつもりは一切ないけれども、「人の弱さ」を使って世の中を支配している組織や機構みたいなものは着実にある。明確な「誰」や「何」というのが存在しているとは言わないけれども、雰囲気や不文律っぽい哲学みたいなニュアンスで「ある」と思う。ここと向き合っていく、戦っていくのが「仮面ライター」を屋号や自分の在り方に据えた人間が取り組むべきことだとも思っている。

一人一人の弱さと向き合えば、健全でカオスな平和が訪れる気がする

人の弱さや利己心がある限り、「ショッカー」のような存在は消えない。支配者階級を退きたくない連中がいる限り、テロも宗教論争、戦争も終わらないだろうし、お互いの足を引っ張り合ったりする縄張り争い、政治もなくならない。貧困を根絶することも、戦争をなくすこともできやしない。

でも、そういったことに辟易している人もいる。利己心から来るリソースの無駄使いも、小さい世界でお山の大将をやりたがる器の小さい偽物のリーダーも、もういらない。社会の根本を変えようとする機運を待っている人がいる。これまでのしがらみを破壊して、まっさらで若々しい世界に再生して欲しいと願う人もいるような気がする。

それぞれの違いをぶつけ合うことのも、イデオロギー闘争も、やりたければやればいい。でも、どれが正しくて間違っているかは時間が経てばわかること。歴史が決める。目の前の違いはお互いに尊重しあって、未来を目指して強調し合うことができるはずなのに、「弱さ」や「無教養さ」がそれに歯止めをかけてしまう。

「支配」するには、それがいい。ボトムは力を持たないで指示通りに動く駒の方が都合がいい。でも、経済を見てみても、今はそういう時代から離れ始めている。ボトム、受け手の方が力を持つ世の中になりつつある。世の中は単純な世界だと思い込ませて、秩序を保ってこれた時代は終わりを迎えている。

「在り方」を見つめて、しっかり自己実現に取り組む。弱さを抱えながらも、自由であるために教養を身につける。相手の気持ちを想像する力、痛みを知った優しさで周りを変えていく。ボトムである一人一人を、予測不可能な強い存在に変えていく。世の中を力強い複雑系に変えていく。
力強い複雑系が出来上がりさえすれば、あとは無駄な争いを起こらないように調整して、強調や調和というものを目指して行きさえすれば、望む世界が訪れる。そういう、「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいな発想で、身の回りにいる人たち、自分の周りの環境を少しでも変えていくために、仕事に取り組もうと思っている。

Webコンサルで、穏やかな社会変革を目指す

大手企業や大規模事業以外のWebサイトの制作は、組織内で困りごとが起きた時に発生すると思っている。何かを変えなきゃいけないと負荷がかかった際、意見や問題がまとまりやすい、よく分かっていない部分がWebになりがちだから。

しかし、「儲からないのはWebのせい」とか、「Webサイトを作りさえすれば儲かる」と思っているのは大きな間違い。貧困地域に、井戸を掘りに行ったって、根本的な解決にはなり得ない。根本的な解決をしなければ、結局作るだけ作って、有効活用されないまま投じた時間もリソースも、お互いに無駄にしたまま終わってしまう。それでは未来も今も変えられない。

今も未来も、無駄なく効率よく根本から解決していくために、Webサイト制作を利用する。(着実に前進していくやり方で、無駄のないやり方をしないと、新しい世界になった時にリソースが残せない)
中小企業や個人事業の社長の問題が表出しているのなら、そこを治すために奔走するし、業務効率が悪くて無駄が多いのが要因なら、たとえ担当業務外であっても口を挟む。たっぷりと稼ぐ力やファンを持ち、健全な心を取り戻した中小企業、個人がいてこそ全体が活性化すると信じている。

ペンだけで変えられないし、ペンがなくても変えられないし。必要なら実力行使もしつつ、他人の商売が上手くいくように全力を投じていく。そこが己の美学であり、かっこよさであると思って、必死にやりぬければとも思っている。

一人一人が変わるまで向き合う。途方もない戦いだろうし、終わることのない戦いになるだろうし、一人を変えたところで、何も変わらないのだろうけど。取り組み続けていけば、いつかは世界が平和になるのではないかと。

次の世界を、この手で描きたい

魅力溢れる人物やサービスに、多様性豊かな街や自然。無用ないさかいのない、無限の発展を目指す世界を一人の作家として描いてみたいし、新しい世界を誰よりも楽しんでみたい。そこに住まう人々、仕事に打ち込む人たちを観察して、後世の残すのも自分の仕事にしたいと思う。

世界の書き手、物語の担い手をこっちに引っ張ってこようとする、身の程知らずな「やりたいこと」。ペンを握るばかりが執筆活動ではないと、目の前の現実世界に対して影響力を行使できる作家で在りたいと思っている。

言葉だけでも、実力行使ばかりでも成し遂げられないし、自分の力だけではできないからこそ、人を助けて味方を増やしたい。そんな浅はかな損得勘定を抱きながら、「自由の味方」と「世界の書き手」とを両立し続けるのが「仮面ライター」のやりたいことであり、在りたい姿である。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2016.12.20

2016.12.20

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