【壊乱】#036 【壊乱】#036

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 バーバレラは口を閉じて俯いた。話の続きを待つものの、顔を上げる様子はない。彼女の座る椅子の横、サイドテーブルには古ぼけた写真立てが二つ。どちらも埃をかぶっていてよく見えないが、母と子とが並んで立っている写真らしい。奥の写真は、随分と日に焼けている。
「おババさま」
 アマンダはバーバレラの顔を覗き込む。手には水差しとタオルが握られている。バーバレラは柔らかな顔を作り、顔を上げる。
「おぉ、アマンダ。ありがとう。大丈夫じゃ」
 アマンダは心配そうな目を残しながら、後ろに下がった。バーバレラの目がちらりと写真を見やる。
「いつの間にか、簡単には死なん身体になっとった。修行の成果か、オーウェンが術をかけたのか、魔法を求めた代償か。家庭を持ち、子をもうけ、気がついたら親が死んで、子供が死んだ。孫は、いつまでも歳をとらない婆さんを気味悪がって家を離れる。そんなことを何度か繰り返したら、評判の宿屋もあっという間に呪いの館さ」
「おいおい、婆さんよ。俺たちは、あんたの身の上話を聞きに来たんじゃないんだぜ。良い加減、本題に入ったらどうだ。のんびりしてる時間もないんだ」
 口封じの術をどうやって解いたのか、ドルトンがバーバレラに言い放った。彼女はそちらに目をやると、小さく頷いた。
「分かっておる。アマンダ、あれを」
 バーバレラが合図をすると、アマンダは古ぼけたノートを持ってきた。表紙の字は薄くなってハッキリとは読めないが、ここが宿屋だった時の宿帳のようだ。宿帳をバーバレラに渡すと、バーバレラがページを開いて僕に差し出した。
「自分で読みなさい。アレン君や、だいたい分かったかの?」
 僕が宿帳を手に取ると、バーバレラは椅子から立ち上がった。背中が曲がったせいか、身体は縮んでいる。アレンと少しやり取りしたバーバレラは、小さな歩幅で部屋を出て行く。
「で、何が書いてあるんだ?」
 後ろから、ドルトンが宿帳を覗き込む。時代がかった達筆の中から、日付と署名らしきものを見つける。
「オーウェンのサイン、てのは分かるが後は何て書いてあるか、さっぱりだな」
「あ、ああ。そうだね」
「アレンなら読め、」
 ドルトンは後ろのアレンを見やる。アレンは書物に目を落としたまま顔を上げるそぶりもない。手持ち無沙汰な左手は、杖を持ったまま空中を行ったり来たりしている。
「ーー神を殺すな」
「えっ?」
「荒ぶる獣も、いにしへの神。人の身で禁忌を犯すな。そう、書いてます」
 アマンダの顔に穴が空きそうな勢いで、ドルトンの視線が向けられる。
「村の流行病を治す方法を探して、古文書を読みまくったんです。結局、誰も助けられませんでしたが、今回は役に立てられそうですね」 「アマンダ、お前」
「ーーで、読み終えたかの」
 部屋に戻ってきたバーバレラは、小さな包みを持ってアレンの隣に立っていた。アレンは顔を上げ、包みの中を確かめている。
「これで、足りると思う」
「そうか。それは良かった」
 アレンは包みをそばに引き寄せ、読書を再開した。バーバレラは、ゆったりとした歩調で椅子へ戻ってくる。椅子に腰掛ける途中、アマンダと視線を合わせるが、小さく微笑んだだけで顔はすぐ僕へ向けられる。
「読むには読みましたが、何を伝えたいのかさっぱり」
「今は、そうじゃろう。神殺しの禁忌、それを覚えておけばいい」
 バーバレラに宿帳を返した。
「オーウェンは、竜を殺したんじゃないのか?」
「さあね。詳しいことはワシも知らん。が、彼の書き残したメモじゃ。どう受け取るかは、お前さんら次第じゃろうて」
 バーバレラの視線が、僕らの後ろへ向けられる。そちらを向くと、本棚へ本を戻しているアレンの姿が見えた。
「さ、アレン君の読書も済んだじゃろうし、とっととお行き」
「は?」
「アマンダ、お客さんのお帰りだよ」
「はい。さ、皆さんこちらへ」
 アマンダはランプを持って出口に向かう。本を戻し終えたアレン、ドアの近くにいたグレイシアが後に続く。
「ええっと、」
 バーバレラの方を振り返ると、笑みを浮かべて出て行けと手を振っている。
「あとは、アレン君に任せた。ほれ、行った行った」
 バーバレラは空中で杖を振った。自分の意思とは無関係に、身体が勝手に出口へ向かう。隣のドルトンも、強引に外へ送り出されている。
「死ぬなよ、小僧ども」
 バーバレラのつぶやきは、豪奢なドアの閉まる音のおかげで、最後まで聞き取れなかった。

長谷川 雄治

長谷川 雄治はせがわ ゆうじ

2013年から、仮面ライターを掲げて活動中。
物書き&Web制作、コンサルティングが本業だと思い込んでいる、ただの変な人。