スナック慕情(仮)

2017.01.04

ラブストーリーの競作へ向けた2本目。ラブストーリー、というよりはちょっとドライな文体を目指してみるものの、どっちつかずな仕上がりに。これも勢いに任せて晒してみます。

この記事は 約 3 分で読めます。

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 人通りの多い商店街を折れ、一気に客足が遠のく裏路地を足が覚えているままに歩く。半ば住宅街の中に浮かぶ、照明のちらつくネオンのスナック。派手な色使いの割に、表通りから離れたこの辺りまで客引きをすることはできないらしい。
 ベルのついたドアを開ける。仄暗い店内は、天井から吊り下げられたミラーボールが、歌う人もいないカラオケセットに光を返していた。
「ウチはもうすぐ看板ですよ」
「営業時間が短くなったのは、信子の歳のせいか?」
 カウンターを拭いていた手を止め、信子は顔を上げた。幾らか目尻や首筋に衰えは現れているが、元々の器量の良さは損なわれていない。
「なんだ、赤沢さんか」
 俺の顔をちらりと見ながら、手を止めることなく店の片付けを続けている。
「どこにでも座って、勝手にやっててください」
 店のあちこちに点在するグラスを流しに集めると、俺の前にビールを置き、店の外に出て行った。ビールの前のカウンターに腰掛け、中年女がせわしなく片付ける様を肴にグラスを傾ける。
「店、閉めるんだってな」
 表の看板を掛け替え、ネオンの消灯を終えた信子の背中に語りかける。
「ここを閉めたら、どうするんだ?」
「何も。しばらく、旅に出ようかしら」
「辰男は?」
「あの子は、春から大学生。一人暮らしするってさ。死んだ親父と違って、元気にしてるわ」
 信子は、溜まった洗い物を片付けていく。食器棚には、辰彦の写真が立ててある。すっかり色あせた写真立てはホコリもかぶっている。
「それで、わざわざの見納めに来たわけじゃないんでしょ? 赤沢さん」
 壁にかかった時計に目をやる。日付が変わるまでは、十分はゆうにある。
 洗い物を終えた信子は、空になったグラスを片付け、ウィスキーのロックを入れて俺の前に置く。真ん丸に削られた氷を指で弾くと、グラスの中でいつまでも回るような気がした。
「旅行は、どこにいく?」
「さあね。気の向くままに」
「そうか」
「あ、オジさん」
 奥の階段から、辰男が顔を出した。アーモンド型の目は信子譲りなのは昔のままだが、辰彦の面影はどこにある? 信子は明後日の方を向いたままこちらを見ない。
「看板だったな、すまない」
 財布から多めに札を抜き取り、カウンターに置いた。いらないと押し返す信子の手を押し返し、引き留めようとする辰男を置いて店を出た。店の外まで見送りに来た辰男の頭をグシャグシャと撫でてやる。
「信子を、母さんを頼んだぞ」
 寂しそうな表情を浮かべた辰男を振り切り、商店街へ向けて足を動かした。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2017.01.04

2018.04.30

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