「丈足らず」(1)

2017.01.04

ラブストーリーの競作へ向けた4本目。

この記事は 約 4 分で読めます。

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その電話がかかってきたのは土曜日の朝10時。
8年勤めた東京の会社を辞め、地元の会社に転職して1ヶ月くらい経った春の日だった。
昨夜は新しい同僚と細やかな宴会で、
今朝は昼まで寝てるつもりだったのに不意に叩き起こされたみたいだった。
電話口は聞きなれない声の女性だった。

「朝早くに申し訳ございません。高橋の家内でございます」

「高橋」との名前に合点がいった。
彼は前の会社で3年後輩で、
僕の担当業務を引き継いだ後任でもあった。
確か彼は1年あまり前に結婚したはず…
僕も彼の結婚の2次回に出席したので「あぁ」と思い出したところである。

割と古風な顔だちの美人…との記憶がある。
「あんな美人、どうやって見つけたんだ?」と聞いてみたところ、
大学の研究室で先生の秘書をやっていたらしい。
高橋は真面目そうな風貌には似合わず、
この手のことには手が早かった。

高橋の妻を名乗る彼女の要件は質問だった。
「先輩から引き継いだとは聞いているのですか…」
要は毎日帰ってくるのが遅いとの事。
「こんなに毎日忙しい仕事なんでしょうか?」

実際、夜遅くまで拘束される仕事だったのだが、
新婚の女性にうまく説明するのはいささか厄介だ。

「そんなに追い立てられる訳では無いのですが、
遅くまで拘束されるのは事実です。
僕も以前は毎週2〜3日は終電で帰ってました」

「そうなんですか…」

あまり納得してないような浮かない返事が帰ってきた。
どうしたもんかと思案をしていたところ彼女の方から

「では、安西さんって方はご存知ですか?」

と振られた。

「はい、彼女もよく知ってます。
高橋くんとは同期ですよね?
僕は彼等の新人研修の講師だったのですが、
その後も二人とは親しくしてました。
彼女は僕らの仕事をよく手伝ってくれてたのです。
仕事での待ちが長くなる時は
よく3人で遅い夕飯を食べに出かけましたりしましたね」

これまた僕が知る事実をクドい言い回しで答えた。
結局、高橋の妻を名乗る女性からの電話はそこで終わった。
どうやら僕は彼女が望んでいた様な返事を返さなかったようだ。
しかし、それが僕の知る事実なんだからしょうがない。

電話を切った直後にふと
「彼女は僕にどんな返事を期待していたのだろう?」
と考えた。でも、すぐに別のこと、
3人で夜食を食べているところ、
いつも取り留めもない話をしていたことを思い出した。
高橋くんと全く別の話をしている最中に
安西さんがするっと会話に入り込んできて、
まったく関連も脈絡もない話を始める。

そう、彼女はいつも唐突に話題を変えた。
例えば、彼女の家に居る老いた雄猫の話。

「うちの猫ね。もう何年もうちにいてね。
すっかりお爺ちゃんになって、
最近は毛も薄くなって、ところどころハゲたりして、
随分みすぼらしい姿なんだけど…
そんな猫がかわいいって、私は思うの」

毎回いきなりなので面食らうのだけど、
彼女のそのあたりの天然な感じを僕らは楽しんでいた。

もう少し正直に言おう。
彼女は気になる女性だった。
美人と言うよりは小さくてかわいい。
いつも伏せ目がちにしながら話しかけて、
時折不意に下から覗くようにこちらを見る。
彼女の話はもちろん天然ぽいのだけれど、
ちょっとビターのテイストが混じった感じで、
彼女独特のオーラを感じさせる。
あれをコケティッシュと言うのだろうか?

周囲の男性陣には案外人気があった。
でも、同期の彼女との交際が3年もたずに
破綻したばかりの当時の僕は、
社内恋愛の煩わしさに本当にウンザリしていて
彼女のことを見守るだけだった。
ちょうど、窓辺の鉢植えに咲く薄紫の花を
愛でる…そんな感じだった。

続く

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2017.01.04

2018.04.30

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