「丈足らず」(2)

2017.01.04

ラブストーリーの競作へ向けた5本目。

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数ヶ月後、例の不思議な電話のことはすっかり忘れた初夏のころ。
会社で製品を東京の展示会に出展する話が持ち上がった。

うちの部署からも説明員を派遣しなければならないとのこと。
準備も含めると4泊3日の少し長めの出張なので、
独身で地の利のある僕に白羽の矢が立つのは道理である。
会社からでる宿泊費では都内のホテルを探すのは骨が折れるので、
少し自費を足して前職のオフィスの近くで宿をさがすことにした。
展示会は、会場が閉まれば仕事は終了。
その後は半年ぶりに気ままな食べ歩きをする目論見だった。

有楽町から新橋までの「銀座」と呼ばれる地域には
もちろん高級そうな有名店がひしめきあっているが、
少し新橋によればリーゾナブルで美味しい店だってたくさんある。

出張の初日は会場の設営で、
会社から送った新製品をブースのテーブルの上に並べて終わりだった。
東京での出展を知らない職場の連中はあれこれと心配していたが、
実は訪問者の名刺をもらう以外に大した仕事はない。
後日もらった名刺に電話をかけるのは営業の仕事だし…
単なる説明員の僕は気楽だった。

展示会の1日目は無難に過ぎた。
前職の同僚が僕を見つけては「おぉ、なんでいるんだよ?」と
声をかけてくれたりもした。お返しに「人手不足なんでね」などと
軽口を叩いたりもした。

その後ちょっと深酒をして二日酔い気味でブースに立った二日目。
安西さんはその夕方に現れた。

「XXXさんに聞いたから」

と微笑みながら挨拶してくれた。思わず

「あと30分で終わるから、ちょっと待ってて。
 食事に行かないか?」

と彼女を誘った。彼女もいつものOKのサイン。
かつての夜食に繰り出す時のノリだった。
少々フライング気味に店終いを始めて、
持ち場の後片付けを手早くすませてから
彼女の待つ中庭のベンチに向かった。

会場からは水上バスに乗った。
せっかく東京湾に沈む夕日を
彼女と二人で眺めているというのに、
「何をたべようか?」などと
御構いなしに間抜けた相談を持ちかけるのも
いつものお約束だった。
結局、浜松町の駅ビルで少々安っぽい
イタ飯屋に入ることにした。

「とってつけたようにブルーのブレザーを来て
 ボーッと立ってる姿を見たら思わず笑っちゃった」
「え?そんなに浮いてるように見えた?」

あいかわずの彼女の屈託のない笑顔に僕は少しホッとした。
さっきオーダーしたカルボナーラとボンゴレ・ビアンコが
運ばれて来たころ、安西さんの尋問の真っ最中だった。
新しい職場はどうか?とか、
仕事は?とか、彼女はできたか?
などなど・・・今日は特に饒舌のように見えた。
彼女が矢継ぎ早に質問をぶつけて来るのはちょっと珍しい。

遅れて運ばれてきたMサイズの
アンチョビ・ピザが残り3切れになったころ、
会話は途切れがちになった。
その場の間を持たすためだけに
僕は「そういえば…」と切り出し、
「高橋の妻」と名乗る女性から
電話をもらったことを話題にした。

「そう言えば君のことも話してたね」
「え、どんな?」
「単に『安西さんってご存知ですか?』って
 聞かれただけ…」

少し間が空いて

「そんなこともあったんだ…」

ほんの一瞬だけ空気が変わった気がした。
単に場つなぎだけのつもりの言葉だったので、
口にした本人は戸惑った。

ひと呼吸おいて、彼女はいつもの
うつむき加減の感じで語り始めた
表情は読み取れない。

「不倫…してたんだよ、彼と」

僕は『不倫』という言葉に反応した。
そもそも、そんな関係はテレビドラマ
だけの話と思っていたくらいだから、
目の前の当事者からの告白を耳にする
この状況に動揺をした。必死で取り繕ったが、
たぶん僕の表情にはその色が浮かんでいただろう。

実は彼女の語ったことを僕はあまりよく覚えていない。
僕が前職に就ていたころから関係は始まっていたと聞いて、
「そういえばあの時…」などとあれこれと自分の記憶を
引っ張りだしては詮索をしていたからだ。

気がつくと彼女は最後の局面を話し始めていた。
日曜日の午後、高橋と彼女が神保町のすずらん通りを
歩いている時に彼の妻が現れた。「ストーカーのように
夫を尾行していたみたい」とは彼女の弁。
高橋は妻の気配を感じた途端、
彼女に何も言わずに走り出して姿を消したそうだ。

「突然、彼はひとりで走り出したから・・・
 何が起こったのか私にはわからなかった。
 私、置き去りにされたの」

呆然と立ちすくむ彼女の前に妻が小走りに近づいてきたそうだ。
妻から繰り出される尋問調の言葉に答える
彼女が語ったセリフは対決口調のように感じられた。
小一時間ぐらい続いたという女性同士の口論の
内容がまったく頭に残らないのは僕だけではあるまい。
彼女には申し訳ないが、聞くに堪えない暴言の応酬は
なまなまし過ぎて頷きながら聞きながさざる得なかった。

ひとしきり吐き出した後、
彼女は高橋への怒りを言葉にした。
連れて逃げるわけでもなく、
止まって彼女を守るわけでもなく、
ただその場での自分の身だけを守ったことが
彼女は許せなかったようだ。
置き去りにされた彼女への
同情の言葉を僕は口にしながら、
彼女が初めて見せる激情の表情に
僕は驚いてしまっていた。

同時に、その場の歪んだ空気に
気づいた周囲の目も僕は気にかかった。
そういう自分を卑屈な小市民的だと蔑みながら、
うつむいて沈黙している彼女に声をかけた。

「よかったら、少し飲みに行かないか?
 行きつけのバーがあるんだよ」

続けて、少し躊躇しながら

「もう少し話を聞かせて・・・
 このままでは帰せない」

うつむいたままの彼女は微かにうなずいた。

続く

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2017.01.04

2018.04.30

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