「丈足らず」(3)

2017.01.04

ラブストーリーの競作へ向けた6本目。

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浜松町から新橋へはJRで一駅である。
駅からは下町特有の喧騒を離れて銀座の方へ向かう。
首都高の高架下には小洒落た店が立ち並ぶ。
行きつけのバーはこの一角にあった。
この界隈の店はいずれもこじんまりとしていて、
カウンターと二人がけのテーブルが2〜3。

いつもならカウンターの奥の方に陣取るのだが、
今日は連れがいるのでその奥のテーブルに案内してもらった。
マスターが無言で会釈してくれたが、
その瞳は「めずらしいねぇ、女性連れなんて」と
語っているようだった。思わず苦笑を返した。
席についた彼女は相変わらず伏せ目がちで、
「カクテルはどう?」と彼女にカシスオレンジを
自分にはバーボンの水割りを頼んだ。

「ここのカシスオレンジは
オレンジジュースで氷を作ってるんだ。
これなら薄まらない」
「・・・」

気の利いたウンチクのつもりだったが、
間が抜けて感じがした。
引き止めたものの彼女の気持ちを
和らげることすらままならない。
きっと僕の顔には「困った」が
表情に浮かんでいるのだろう。
彼女が口を開いた。

「私、3つ上の姉がいるのね」
「姉も報われない恋をしてるの。
もう何年も前から・・・」

かれこれ3時間以上不倫の話を聞いていた
この時にはもう僕は鈍感になっていた。
静かにうなずくと彼女は続けた。

「親には話せない話だから、
私が聞き役だった。
聞けば聞くほど理不尽な話が尽きなくてね。
なのに振り切れないらしい。
いつも私が腹をたてたんだ。
姉の代わりに・・・」

だから彼女は不倫という行為自体に嫌悪していたし、
そういう関係から抜け出せない姉を愚かだと
考えていたという。咄嗟に

「男性の場合は横恋慕というか
少し滑稽なニューアンスになるよね。
でも女性の場合はもっとシリアスな感じがする」

と僕は口走った。彼女の振る話題と
なんの関係があるのか?とは思ったが、
とにかく彼女にばかり話をさせてはいけない。
その時の僕は必死で返す言葉を探していた。

「でもね、私も根っこでは
姉と一緒なんじゃないかな?って思うの、今は。
あんなに嫌悪してたのに・・・
こういう感情って遺伝するのかな?」

愚かであることはよくわかっているし、
嫌悪すらしていた行為に手を染めて
しまった自分への嫌悪や軽蔑の意識。
これが彼女自身の結論のように聞こえた。
「それは恋するものの業ではないのかな?」
とのセリフを思いついたが、思わず飲み込んだ。
「僕は何故彼女のこんな立ち入った話を
聞き続けているのだろう?」
と思ったからだ。
その先を考えるのがためらわれた。

不思議な沈黙の後、ふと時計を眺めた。23時を回っていた。
「まずい。そろそろ彼女を帰さないと・・・」
時間を告げて彼女に帰り支度を急かした。

外は夏の夜のちょっと蒸した感じの空気だった。
時折涼しげな風が僕たちの頬をなでた。
二人で歩いて山手線の高架下をくぐった。
高架を抜けたところで、僕は真っ直ぐに、
彼女は左に曲がって駅に向かうはずだった。

でも、彼女はそのままついてきた。
「送って行ってあげる」と言いながら。
ホテルのロビーに着いて、鍵をもらい受け、
エレベーターに乗り込んだ時。
僕は彼女の手を握り、引っ張った。
少し抵抗するようでもあったが、
さらに強く引っ張るとフッとこちらへよろめいた。

何故そんなことをしたのか、
今でも僕にはわからない・・・

翌朝、僕らは見知らぬ
ファーストフードの店で
向かい合ってコーヒーを飲んだ。
空には雲が浮かんでいたが
その切れ間からまばゆいばかりの
朝日がさしていた。

昨夜とは違っておだやかな沈黙が流れた。
僕にはその場を取り繕う気持ちは微塵もなかった。
彼女が一言つぶやいた。

「ここまでしてくれる人っていないよね?」

僕は何も答えなかった。
どこかでプチっと音がしたような気がした。

8時を過ぎて二人で店を出た。
僕は手を振って彼女を見送った。
それが彼女に会った最後だった。

その日は展示会の最終日で、
終了後は慌ただしく後片付けをして、
最終の新幹線に乗って僕は地元へ帰った。

その後、僕から連絡することはなかった。
彼女から連絡が来ることもなかった。
しばらくして高橋は離婚して外資系企業に
転職したことを以前の同僚から聞いた。
安西さんも会社を辞めたらしい。
その後の消息を僕は聞かなかった。

かつての3人で夜食を食べながら
取り留めない話題を語り続けた
楽しげな姿はすっかり色あせてしまった。
もうどんな様子だったかも思い出せない。

小学生も上の学年になると、
女子は体が大きくなり男子より
一足先に大人の階段を登り始めるものだ。
もちろん体だけではなく心も同様に。
その時に開いた隔たりを男子が埋めるのには
随分時間がかかったりする。
見かけはすっかり大人になったとしても
隔たりはあまり埋まってなかったりする。

今では「あの時、安西さんは
僕に会いに来たのかな?」などと
考えたりする。でも、あの時の僕は
幼すぎて彼女を受け止めきれなかった。
見かけとは違って、
すっかり大人の女性だった
彼女の丈に僕は届いてなかったのだと。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2017.01.04

2018.04.30

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