【壊乱】#038

2017.01.11

竜退治をテーマにしたオリジナル小説。
第38話。

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 見上げると、木々の間から微かに空が見える。ルートセブンに沿えば迷いの森も難なく抜けられるつもりだったが、地図を見る限り真っ直ぐ西へ向かっても、フォレストには辿り着けないらしい。
 ウッドフィールドからまだいくらも進んでいないつもりでいるが、堀を渡った頃にははっきりしていた道路と森との境目は、あっという間に分からなくなってしまった。
「本当にこっちで合ってるんだな」
 ドルトンは、目の前を塞いでいる下草を払いながら先頭を歩いている。今朝方通り抜けただろうネウロたちの馬車、その車輪がつけた轍を脚と眼で確かめながら進んでいるから、大きく間違っているとは思えない。ただ、ドルトンの言葉に、即座に応えられる自信はない。
「お守りは、効いてるよね?」
 数歩後ろを、地図を見ながら歩くアレンに目を向ける。アレンは地図から顔を上げる。彼の後ろで、先ほど払ったばかりの草が道を覆い始めていた。
「さあね。さすがに、全員が幻覚にかかっていないとは思うけど」
 アレンは、周囲の木々を見回しながら、鼻を小刻みに動かした。
「例の胞子は間違いなく飛んでるからな。時間の問題かもしれん」
 そう言われると、少し甘い香りがしているような気もする。細かい霧のような水分が空中を浮遊し、下の方を薄く覆っているのも見て取れる。周りの木には、ポツポツと白いキノコが生えていた。まだ、日が高いからか発光はしていない。
「そんなに心配なら、焼き払うか? 例の体液も試すついでに」
「そいつはいいね。景気良く行こうや」
「ちょっ、アレン」
 アレンはポーチから火の魔導石を取り出すと、小さな火を発生させた。空中に灯った炎は、下草を燃やす前に消えてしまった。下草を払うドルトンの起こす風が、炎のあった空間を通り過ぎていく。
「ドルトンが鬱陶しいのか、熱が足りないのかは分からんが、死なない程度に燃やすのは難しそうだな」
「それなら逆に、凍らせるのは。お前の姉ちゃん、得意だろ?」
 ドルトンはなおも手を動かしながら、僕の顔を見る。グレイシアは適当な距離を置き、遅れない程度についてくる。
「湿気が多そうだから、凍らせるのもな」
「じゃあ、風だ。風。重たい空気ごと、吹き飛ばせって」
「残念ながら、魔導石もヒューリィも品切れだ。文句を言わずに身体を動かせ」
 アレンは、ドルトンに前を向くように手で合図した。不満そうな表情を浮かべながらも、ドルトンは作業に戻った。
 木の葉が影を作り、わずかな暗さが辺りを覆う。キノコの胞子と周囲の植物が出す水蒸気が混ざり合い、甘い匂いの重たい空気が肌にまとわりついてくる。凹凸を感じる足元は、腐った葉の作る柔らかさも混じってくる。
 武具を身につけながらの徒歩行軍。日が高くなるにつれ気温も体温も上がってくる。先が見えないことと、全身を覆う汗のおかげで、心の余裕は減っていく。
「ひょっとすると、手持ちの飲み水と食料って少ないんじゃないか?」
 黙々と下草を刈っていたドルトンは、ボソッとつぶやいた。
「あいつら、馬車ごと先に行っちまったよな」
「そういえば、そうだね」
「で、ウッドフィールドで特に物資の買い込みもしなかったよな」
 ドルトンは、手と足とを止めて振り返った。
「水、持ってねぇよな」
 腰にある小さな水筒に手をやるが、水筒自身の重みしか感じない。ドルトンの目は、手近な茂みから飛び出していた大きな葉を見つめていた。芋のそれに似た葉の上に、大きな露が載っている。ドルトンは茎の部分を掴みながら、喉仏を上下させ、こちらを見た。
「やっぱり、ダメだよなぁ」
 僕が頷くと、ドルトンは茎をそっと離して下を向いた。
「河とか無ねぇのかなぁ」
「無くはないが、まだしばらく歩くな」
 アレンは手元の地図を見た。確かに、細い線が森の中を南北に走っている。
「休みたいのは山々だが、先もあるし、ここで休憩ってのもなぁ」
 アレンは周囲を見回す。先ほどから景色はほとんど変わらず、下草と茂み、背の高い木々に囲まれた場所にいる。もう少し開けた場所、それこそ河沿いにでも出ればとは思うが、このまま足を止めていてもしょうがない。
 顔を上げないドルトンに変わり、集団の先頭に出た。後ろ手に腰の小刀を抜き、下草を払いにかかる。
「どうした、ドルトン?」
 後ろから、アレンの声と草が擦れる音が聞こえてくる。
「アレン、どうかしたのか?」
 目の前の下草を払いながら、馬車のつけた轍を確かめる。
「いや、ドルトンが急に。おい、前をっ」
「うわっ」
 後ろから強い力で押される。倒れないように踏ん張り、顔を上げる。宙を見つめながら、茂みの奥へ歩いていくドルトンの後ろ姿が見える。
「すまん、ブレイズ。すまん……」
 ドルトンはぶつくさ呟きながら、森の暗がりへ進んで行く。青白く光るキノコに導かれるままに。

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【壊乱】#001

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執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2017.01.11

2018.05.02

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