「仮面ライターとは何か」を書き散らしてみる

2017.02.17

「仮面ライターとは何か」。いつも問われる問いでありながら、中々答えることができなかった問いに、現時点の答えを出してみる。

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ズバリの答えは、死ぬまで出ない気がする

名刺を出せば、いつでも聞かれる問いなのに、簡単に答えることができないままでいる。その理由は幾つかある。

  1. 「屋号」だけれども「在り方」や「自分そのもの」の要素もあるので、まとめにくい。
  2. 「ラベル」はそのままだけれども、すごい勢いで中身が書き換わっている。
  3. そのまま「言い換え」ができる単語が存在しない。

どの要素もお互いに混ざり合いながら、「答えにくさ」に拍車をかけ続けている。だから、答えにくいし、答えは常々変わりうる。特に、ズバリ「言い換え」ができる単語、該当する用語が存在しないというのは理由として大きい。

「〜のようなもの」や「〜の思いを込めて」とか、「〜をやってます」とは言えても、「仮面ライターとは、OOです」と全てを含有している答えもなければ、的を得ている答えも多分ない。近いとすれば、それこそ「仮面ライダー」っぽさに憧れている「(アマチュア)作家」ぐらいなのだけれども、それでも多分伝わらない。

でも、この「伝わらなさ」や「分かりにくさ」がまた「仮面ライターらしさ」だとも思っている。「ありそうでない」、「微妙な新しさ」も含んでいるような気がする。新しさの度合いが高ければ高いほど、「それ」が認知されるまでズバリの言い方は出てこないし、「分かってもらう」のにも時間がかかる。どこへ行っても、既存の認知構造に抵抗され得る新しい存在。仮面ライターは、そういうモノなんだと思う。

強いて言えば、「自由のために、弱さや権力と戦う人」

名前を借りた「仮面ライダー」と同じように、「自由のためにショッカーと戦う」のが仮面ライターである。向こうは武力で、こっちはペンや情報の力で。人の弱さから生まれるショッカーや利己心と向き合って、一人一人の胸の裡にある怪人を打ち倒したり、トラウマや囚われを解消したり。

「声の大きい誰か」や「力の強い誰か」、あるいは「古いのにいつまでも踏ん反り返っているモノ」が「同調圧力」や「常識」、「事情」や「不安」を持ち出して、支配しようとする力、格差を拡大しようとする力に抵抗したい。新しいモノや新しい考え方、新しい取り組みを、そのままの形で未来に送り届けてあげたいし、「何かにとらわれ」て自由に動けない、生きるのに希望を抱けない人に自由を届ける人でもありたいと思う。

その「限界」や「先入観」、あるいは「常識」を破壊して風通しを良くする、古くなっていたモノを新しくするために働きかける部分を、自分の手で担いたいとも思っている。過去からの積み上げで考えることなく、「ゴール」や「本当の真理」から考えて、思考や視野が狭くなっている人を自由にしてあげる。ありのままの自分で居られるように、邪魔になるモノを排除する。あるいは、悪い癖を叩き出すためにそばにいる。そうやって、「自由に生きる」ために力を貸す存在が仮面ライターである、と思ってもらえれば幸いである。

新しい世界は、「自由」が作る

誰も見たことのない世界を見て、その世界でイキイキと生きる人たちを描きたい、伝えたいという思いがある。その世界にたどり着くためには、今のまま、「誰かの意見」に則って理路整然と生きる民衆のままではダメだと思う。何かにとらわれて、自由な動きが取れない限り、イキイキと頑張ることができない。

「収奪」が当たり前の世の中で、格差が拡大する一方の世界を止めたいから、楽に利益を上げられる「高付加価値」を目指したいし、提供したい。「伝わらない」から売れないのなら、「買う側の理屈」で考えて代わりに伝える。「伝えること」にリソースがかかりすぎているのなら、そこをアウトソースしてもらって「品質向上」に励んで貰えばいいとも思う。

兎にも角にも、前例のない世界をみんなで作りたい。そのために、空気を読まないスタンドプレーもやるし、自己犠牲も厭わない。自由な発想で、自由に生きる人たちを増やしたいと本気で思う。

でも、「自由に生きる」が難しい

特に、戦後GHQの手によって足枷をはめられてしまった日本人には、「自由」が難しい。前にいる誰かを見習って、「同じことをする」や「真似をする」は得意だろうし、課題を与えられれば解けるだろう。これが、グローバル化すれば、どんどんいろんな人を真似ていく。ちょっと加工したアレンジも加えていける。

その代わり、「どこにもないもの」を作ろうとするとき、あるいは「自分自身が一番先頭」になったとき、尻込みしたり、上手く動けなくなる人が本当に多い。お偉方ほど、そうなってしまっている気がする。

昔の日本は、多分そうではなかった。独創性にあふれた人もたくさんいただろうし、先頭を切って新しいことをやる人もいた。戦後何十年が変だっただけで、本来のポテンシャルは「自由」に強い。個人レベルで見れば、世界を変えていける力を持った天才もたくさんいる。それを阻害するのは、強すぎる同僚圧力であり、常識であり、大きくなりすぎた組織だ。本質を捉えていない、「閉じた問題」が得意な頭のいい人たちが増えたせいで、活発さがなくなっている。

こういう世の中を、是正したい。自由に生きるのは難しいけれども、「あなたのままで生きる」ということに時間が取れるように、尽力したいと思っている。新しい知識や世界、人やコミュニティと繋がっていければ、自由に、何にも囚われることなく生きていけるはず。

世界は今、日本に先頭を切って走って欲しいと思っている。そういう国際事情もあるし、草の根から「自由に生きる」世界を作っていきたいし、それを阻害する「大人の困ったちゃん」や「囚われた発想」はどんどん打ち壊していきたい。

「仮面ライター」に込めた思いは沢山ある

常に「偽物」であると思われる、あるいは「ふざけている」という第一印象を与えてしまうから、実力は常に一級を目指さなきゃいけない、とか。「ふざけた屋号」であっても、本質を見極めてくれる人とだけ仕事をしたいし、どんな風によんでくれるかで、「その人と深く関わるかどうか」も見えてくる。

名もいらぬ、金もいらぬ、命もいらぬ。そういう始末に困る人でもあれるように、「仮面」をつけた。「ライター」であると職能を示すためにつけたところもある。それでも、区切らずに「仮面ライターだ」という職種、職業だと思ってもらえるように頑張らなくてはとも思う。

自分は陰でいい。世界のため、世のため、人のため。自由のために力をふるって、自由気ままに暮らしていければそれだけでいい。だから、「顔」は出さない。できれば、名前も隠せればと思うぐらい。本当は、いなくてもいい存在であれるように、事を成し遂げた後は都会の闇に、風とともに姿を消せれば何よりである。

自由のために、愛のために。言葉を駆使する情報伝達の専門家。そういう認識を、もっともっと広めていかなくては……。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2017.02.17

2017.02.17

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