「情報伝達のコト化」、「エンターテインメント」にこだわる理由を考えてみた

2017.04.01

動画を作ってみたり、文章のゴーストライティングっぽいこともしてみたり。広報の担当なんかもやりながら、なんとなく感じる違和感だったり欲望だったりを捕まえて、それをネタに書いてみる。

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情報伝達に関わる色んなものを作らせてもらっている

例えば、イベントレポートの動画だったり、寄稿依頼に対するゴーストライティング気味のサポートだったり。もちろん、HP制作もやるし、SNSを含めた広報のサポートもやらせていただく。やらせていただくのだけれども、時々自分の中で「むむむ」と疼くものを感じたりもする。情報伝達は情報伝達だから、「伝わればOK」だし、伝えて欲しい人である「コンテンツホルダー」の意向や影響も鑑みると、自分勝手な味を出すのも限界がある。結局は無難なところへ着地させてしまうのだけれども、これでは「面白くない」と思ってしまう。

どうせ動画を作るなら、映画やドラマっぽいものをやりたいし、どうせ文章を書くのならエッセイやフィクションを手がけたい。エンターテインメント性のあるものを、もっともっとやりたいと思ってしまう。実力も実績もたいしてないのにも関わらず。(だから、趣味の範囲でやれというお話なのだけれども、本意気でやろうとするとハードルはそこそこあるので……)

情報伝達の役を果たすのなら、「面白い」と思ってもらいたい。「面白いでしょ」ということを伝えたい。「何らかの良さ」や「何かのメリット・デメリット」、「連絡事項」を伝えるだけでは物足りなく感じてしまう。情報伝達そのものを、エンターテインメントにして、楽しんでいただきたいと思うのは、元ゲーム屋志望だからだろうか。

じゃあ、「面白さ」、「エンターテインメント性」って何?

本格的なところは偉い先生方にお任せするとして、ここは個人的な見解。と、前置きをしておいてから本題。

面白いと感じる「物」が何か一つあるとする。新聞の4コマ漫画でもいいし、テーマパークのアトラクションでもいい。飼っているペットの仕草、子供の言動でも構わないのだけれども、冷静にその「物」や「要素」だけを切り取ってもらいたい。たぶん、切り取れた「物」をためつすがめつ眺めてみても、「面白い」はくっついていない。仮に4コマ漫画だったとすると、オチのコマだけを見てみても、面白さは半減する。ただの絵、漫画であって、なんなら普通の漫画よりイラストや漫画としてはクオリティが低いかもしれない。

テーマパークのアトラクションでも、一つの要素だけを切り取ってみてもたぶん同じことが起こる。「面白い」を構成している要素を分解、解剖していってもそこに「面白い」は実存しない。「私」や「意識」を探そうと人体を解剖してみても見つからないのと似ている気がする。コンピュータのプログラムも、実行が止まれば存在しなくなる。(ソースコードとしては存在したり、物理的に何かを動かすプログラムであれば途中の処理が残ったりするか……)
電力であったり、命といったエネルギーのようなものが止まってしまえば霧散してしまう、「仮想」の存在。「面白い」もそれの仲間じゃないだろうか、と。

どんな「面白い」も、「存在するだけで面白い」はあまりない。珍しい物を「見て(あるいは感じて)」どう反応するか。あるいは4コマ漫画のように、前後の流れの関係性を見て、把握して、どう反応するか。新聞の4コマ漫画なら、時事ネタという文脈、自分の中の教養という背景があるのとないのとで、「面白がり方」が変わってくる。

ある「物」や「存在」との間で何かが流れた瞬間、「関係性」が生まれた瞬間にしか、存在できないのが「面白さ」じゃなかろうか、というのが個人的な意見。

「エンターテインメント」 = 「遊び」も「架空」や「仮想」がポイントになってくる

詳しくは、ヨハン・ホイジンガの『ホモ・ルーデンス』を読んでいただくのがいいのだけれども、例として「おままごと」をあげてみる。「おままごと」を構成する「物」は、登場人物である「人」が人数分、小道具に当たるスコップやらお皿やら、あるいは石やらビー玉。そこに、公園なり一定の広さのある広場なりのフィールドぐらい。実際に口にできる飲食物、人代わりのぬいぐるみ、時にペットも仲間にされる。

ただ、「物」を揃えただけでは「おままごと」は始まらない。人物の役割(配役)から始まり、どうみてもただの石でしかないものの取り扱い方、フィールドに対する「設定」、時にその設定の上で演じられるシナリオも用意される。そしてそれを、参加者全員で理解、把握してフィクションの世界を作り上げていく。実際の「物」からはかけ離れた世界を頭の中で思い描きながら、立ち居振舞う。

なにも、「おままごと」に限らない。サッカーや野球でも、「物」の役割、人物の役割、その他色んな「約束事」(=ルール)があり、その場で「再生する」。実際には物理的な物体と法則しか存在しないが、それをやって、あるいは見てエキサイトする人たちがいる。その背後に、色んな情報、背景のストーリーを追加してもっと盛り上がろうとする。ここに、「物」や「実在性」は関係するだろうか。答えは、「No」だ。

まだスポーツなら、見る方はあまり頭を使わなくてもいい。実際の見えるものを参考にすれば、自分の頭の中で解釈する要素は少なくていい。(対戦するチームの因縁みたいなストーリーは知っておいた方が面白いが、それもやはり「関係性」が生む「仮想」や「フィクション」)
これがボードゲームや演劇になってくると、前衛的あるいはシンプルで伝統的なモノになればなるほど、理解するのが難しくなってくる。「仮想の状態」を保つための労力や事前に必要な「約束事(=教養)」が膨大になってくるからだ。理解した上で初めて面白さが分かる世界も、エンターテインメントの世界には存在する。

自分から積極的に頭を使う、想像してあげないとエンターテインメント、遊びは成立しない。「何か」が存在するだけではダメで、受け手がいて、また受け手の反応(関わり)があって初めて「面白いかどうか」の土台に乗れる。

より着実に関わってもらうために「積極的に仕掛ける」

「面白い」と思ってもらうためには、関わってもらう側、受け手側をどこまで引き込めているかが肝になる。いわば、「間合い」や「タイミング」、「流れ」のようなものが存在していて、受け手側をしかるべきタイミングで、反応してもらえる間合いに連れてくる必要がある。反応してもらいたい「もの」を引き立てる落差を作るまでのフレームが、「起承転結」。オチに当たる4コマ目だけを見せてもダメで、その前の3コマ分が上手く機能していないと効果が薄い。

そして何より、積極的に3コマ目まで読んでもらう必要がある。流し読まれてしまえば、反応が小さくなってしまう。引き込むためには、引き込むなりの撒き餌をしておかなきゃいけない。撒き餌だとバレないようにする手腕も欠かせない。その一連のつながりがシームレスであればあるほど、「美しい」という別の感覚も伴わせたりする。

仕掛ける側が受け身で、ただ情報を伝えてみても伝わらないし、忘れられてしまう。何より「面白い」がないのなら、そこに「関係性」は生まれなかったことになる。ダダ滑りで「面白くなかった」もあり得るが、それでも「無反応」よりは次の可能性が見込める。

仕掛けるためには、相手のことを知らないといけないし、自分の実力も磨いておかないと「仕掛けだ」というのがバレてしまう。「面白い」を真剣に考えれば考えるほど、「一人ではできない」し、「自己満足の世界」で止まっていてはいつか「面白くない」とも思われてしまう。自分と相手、あるいは自分と世間との「関係性」の中で生まれる「面白いかどうか」にこだわりたい。

今の仕事のスタイルも、「関係性」を大事にしている

予定調和に、「あれを作ります」「これを作ります」では一人で考え得るところを越えていけないし、何より面白くない。自分と相手との間に生まれるもの、一人では生み出せなかった「関係性が生むもの」に辿り着きたいから、やりとりを繰り返してブラッシュアップしていく形をとっている。

何でもかんでも自分勝手に作ろうとしているつもりはない。こちらからの提案を伝えてみて、相手の反応を引き出したい。できれば予想外の反応を引き出したい、あるいは限界を超えた発想を引き出したいから、こちらも全力で予想を超えるものを見せていきたい。

仕事をしているというよりは、遊んでいると言われればそうかもしれない。でも、本気で遊びたいから妥協はしない。相手にも本気になっていただける状況を作りたいし、そうできるように環境を作っているつもりでもいる。ちょっとふざけたスタンスかもしれないし、真面目にやれと言われるかもしれない。そういうものをお求めなら、そういう業者に行けばいい。仮面ライターは、作る工程を楽しんでもらいたいし、自分も楽しみたい。一人では作れないものを作って、周囲の度肝もぬきたいから、エンターテインメントにこだわりたい。

何より「面白い」と思われれば、バズる可能性もある。ただ、下卑た「面白い」はNG。教養のなさが滲み出るものもNG。高尚なものである必要もないし、独創性に溢れたものである必要もないけれども、手間暇かかっていないもの、安易な発想で出来上がった足元を見た「面白いはノーセンキュー。しょうもないものを量産するより、面白いと思ってもらえるものを一つ作る方が効率がいい。だから、エンターテインメントにこだわる。無駄なく、効率よく、きちんと成果を出しに行く。でも、肩の力を抜いてケラケラ笑いながら。それが仮面ライターのスタイル、かな。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2017.04.01

2017.04.01

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