「仮面ライターとは何か」(構成する要素について)をも〜いっかい、考えてみた

2017.04.02

「バランスを取る」ということ。「関係性」と「面白さ」とを大事にすること。新しいものを作る専門家であるということ。それから、伝える、繋ぐということ。色んなことを考えながら、原点をもう一度見つめてみる。

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時間軸の間で、人々の間で。あるいは理想と現実との間に立つことが多い気がする。

HP制作のお話をいただく場合、ほとんどは新しく作るケースなのだけれども完全に新しいものを作ることはない。ご依頼される方、あるいは伝える元となる事業者さんの「これまで」がある上で、「こうしたい」「ああしたい」というご依頼をいただく。仕事以外で何らかのお声かけをいただく時も、これまでの積み重ねや歴史がすでにある所へ、組み込まれるようなケースが多いような気がする。

学生時代だと部活動や生徒会といった活動でも、幹部への声かけをいただくことも少なからずあった。年輪を積み重ねるというか、垂直方向、時間の連なりがしっかりされている所を次の世代へ繋ぐ、あるいは新しい形を見出すお手伝いをすることも沢山あったかな。

いずれのケースも順風満帆であることは少なく、どこかしらに負荷がかかっている。時間がない、人材がいない、予算が足りない。必要な素材もよく分からない、知識も不足している。でも、辿り着きたい理想は高い、あるいは解決しなきゃいけない課題の全容はとても大きい、とか。

そんな状況下で目に見えているものだけを切り取ってみたり、多少手を加えた所で意味がないことがざらにある。新しいものを編み出さざるを得ないのだけれども、歴史や相手のご要望というものも無視はできないから、一人で勝手に突っ走るわけにもいかない。最近では、Webやマーケティングサイドだけが先行して立派な器や武器を作っても意味がない。営業の現場、経営者の集う会議室と足並みをそろえて強調することが求められる。企業の側だけに立てばユーザーサイドには伝えられないし。過去と未来、あるいは人と人、現場と経営層、企業の内と外と。色んな意味で「間に立って調整する」、「その上で伝える、立ち居振舞う」が自分の仕事、自分の領域になって来ている。

間に立つのなら、まずはブレない観察者で居なきゃいけない

「間に立つ」のだから、必ず対象となる相手がいる。人なのか、モノなのか、形のないサービスや想い、あるいは時間なのか、対象は様々だろうと自分一人では「間に立つ」ことはできない。相手がいて、相手との接点や関係性が結ばれてから、「間に立つ」ことができる。

ここで一番大事なのは、「まず、観察者でいること」だと個人的に考えている。対象となる相手を観察して、自分の立ち居振る舞いを調整する。相手を変えることなく、自分を変える。でも、自分が大きく変わってしまうと、相手にも影響を及ぼしてしまうから、自分の方は変わらない。常に一定を保ちながら、一定の範囲で反応を調整する。ブレないでじっくり観察するところが、「間に立つ」ための第一歩じゃないか、と。

また、「観察者」をやるためには、拒否や拒絶は基本的に避けたいところ。相手がどんなものであっても、どんな主張を持っていたとしても、受け入れる前に反発していては観察に徹することができない。観察に徹することができなければ、相手を変容させることにも繋がる。これでは、自分の望む「関係性」は築けない。

とはいえ、自分も一人の人間だから、中には拒む人やモノ、考え方もなくはない。それでも、突飛なモノであろうと極端なモノであろうと、受け入れるように心がけている。真面目に受け入れることができなければ、どこか興味深いところ、面白いことはないかと受け入れてみる。目だけでなく、五感だけでなく、感性をフルに使って受け入れる。ブレずに受け入れる、観察する人がいるから、相手も安心してそのまま振る舞える。自然に振る舞える状態を作り、まずは、理解する。観察する。相手のことを知る。そこが起点になって初めて、仮面ライターの仕事がスタートする(と思っている)。

ありのままに過ごしてもらう、ありのままに考えてもらう、教えてもらう。そのためには、自分のスタンスを調整していく必要がある。気持ちよく過ごしてもらえる環境を作るために、色んな要素とのバランスをとる。相手に意識させないように。それから、相手のことを周りに伝えていく、HPなどを作っていくにあたっては、「セオリー」や「Web上の制約」みたいなものとのバランスも取る。世間とのバランスも取る。時代とのバランスも取る。できることとできないこととのバランスも取る。あらゆる要素との調和を考えながら、自分の考えも少しずつ伝えて着地を探っていく、というのが基本的な仕事の進め方になるのだろうか。

相手を変えない。でも、やり取りを遊びたい

HP制作をやろうとすると、相手に幾らかの負荷をかけることもある。原稿を出してください、要望を出してください、現場の状況を教えてください、とか。そうすると、相手が「作った」ものが出てきたりする。あるいは、こちらの意向を反映した「出して欲しい情報」が出てくることになる。実際、それを使っても意味はない。そこにあるのは「作ったもの」であって、相手の「ありのまま」ではないからだ。

相手を変容させず、そのままの状態で観察したい。その上で、「変えてはいけないもの」や「残していかなきゃいけないもの」を、自分なりの感性で見極める。ここを見誤っていては、その後に何をやっても上手くいかない。残るのは、「別の何か」になってしまう。

自分が伝えたいのは、それじゃない。「相手ならでは」の良さであり、「相手そのもの」の雰囲気であり、少しでも間違った加工をすれば失われてしまう「個性」や「伝統性」を伝えたい。だから、相手を変えないように、自分の受け止め方を調整する。同じ調子で伝えてもらえるように、ブレないことを忘れないまま。

また、自分の見抜き方、感じ方がブレないように、誤らないように常に自分を磨き続けなくてはいけない。時代の変化、大衆の変化にも敏感になりながら、自分独自の考え方を調整していく。他者に言われるままに振り回されないように、ブレないように成長しておく。説得力のある状態、安心できる状態を保っておく。それも、バランスを取っておきたい要素になる。

また、変えてはいけないと言いつつも変わっていくのが、「関係性」。出来うることなら、相手との間に繰り広げられる共同作業、コミュニケーション、あるいは「ビスポーク」という名のテーラーメイドも、目一杯楽しみたい、楽しんでもらいたいと思っている。相手がいなければ生まれなかった、インタラクティブなもの。やり取りが止まってしまえば失われてしまう、一回限りの儚い「それ」も大事にしたい。

これもまた、「相手のありのまま」や「個性」同様、失われてしまうと消えてしまうモノ。一瞬で散るモノは大事に楽しみ、感じ取りたいし、永続的に残していきたいと思ったモノは次の時代にも伝えていけるようにきちんと守り抜きたい。

何を残して、何を大事にするか。そこの見極めも見誤らないように、感性も理性も日々磨いていかなくてはいけないと思っている。

「過去と未来とを繋ぐ」「世間と相手とを繋ぐ」なら、「洗練」が欠かせない

本当は、相手を変えることなく「無加工」で伝えたい。しかし、時代を超えるため、あるいは今の限界を超えて広げていくためには、どこかで一度洗練させなければ、「死」を避けることはできない。永続的に生き残っていく、変わらないまま伝えていくために、変えなくてはならない。

この時に、何を残して何を捨てるのか。どの方向に洗練させればいいのかをきちんと見極める必要がある。そこで重要になってくるのも、観察だ。時間をかけて相手を理解する。時間をかけて時代の変化、世間の変化を理解する。独自性、伝統性も理解しながら、自分の考えも時間をかけて理解してもらう。肚に落ちるまで無理に変えさせない。

選ぶモノも、進むべき方向も誤ることなく決めていく。相手と協調しながら、二人三脚でバランスをとりながら。そして出来うることなら、より「面白い」ものを選べるようにサポートする。その工程を経てから、積極的に洗練するための圧力をかけていく。無理なく変化していけるように、変化後もサポート出来る体制を作った状態でリファインする。

伝統を失わせず、個性を失わせず。一瞬一瞬の関係性、一回ごとのやり取りも大事にしながら、守るべきものは守っていく。新しくするべきものは大胆不敵に変えていく。創造と破壊、再生といったものを無理なくお手伝いする。再生した結果や変化の途上をお伝えして、新たな関係を作っていく。繋がりを拡げていく。それが、仮面ライターが果たしたい役割なのだろう。

間に立って調整する、間に立って伝えていく。リファインしながら、繋げていく。なんらかの局面でお役に立てそうなら、お気軽にお声掛けください。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2017.04.02

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