【壊乱】#039

2017.04.05

竜退治をテーマにしたオリジナル小説。
第39話。

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 ドルトンの背中が茂みの向こうに飲み込まれていく。呼び止めようにも、声が出ない。早く追いかけないと。
「待て」
 後ろからアレンの手がかかる。
「あいつはオレが追う」
 アレンは地図と水筒とを差し出した。怪しげな煙が漏れている巾着袋を、グレイシアに持たせる。
「地図の通りなら、このまま進むと川に出る。休憩所が残っているとは思わないが、そこで落ち合おう。半刻経ったら、そのままフォレスタへ行け」
 水筒を口に当てる間も待たず、「じゃあな」とアレンは駆け出した。走りながら矢継ぎ早に魔道石を光らせ、茂みの奥に消えていく。  グレイシアは、地図をひったくって素早く一瞥する。地図を僕に返すと、先ほどと同じ調子で歩き出した。
「ちょっと待って」
 二口ほど水を飲み、彼女の後を追う。グレイシアは真っ直ぐ前を見て、淡々と歩を進める。置いて行かれない程度の歩調を保ちながら、地図を小さく拡げる。二人が消えた方角へ指を滑らせ、茂みの向こうを夢想してしまう。
「相変わらず、嫌味な男だこと」
「えっ?」
 グレイシアは、鋭い目つきでこちらを見つめる。右手がレイピアにかかった。目の前で白銀の光が走った。思わず眼を瞑るが、痛みはどこにもない。ゆっくりと眼を開ける。細身の刃が、大きな蜂の額を貫いていた。
「敵討ちを果たしたければ、気を張ることね」
 グレイシアはレイピアの汚れを振るった。彼女の後ろにも、巨大な蜂が迫っている。剣を抜きかけたが、蜂はグレイシアの側で小さく燃えた。一瞬で、跡形もなく消えていく。
 グレイシアはレイピアを納めながら、素早く周囲に眼を配る。
「急ぎますよ」
 答える間もなく、彼女は茂みの中を進んでいく。慌てて後を追う。
「向こうは大丈夫だろうか」
「あら、他人の心配をする余裕がおあり? 本当に、嫌な奴」
 グレイシアの歩みが早まる。歩くというよりは、走りに近い速度で茂みをかき分けていく。馬車が通った後を辿っているとはいえ、下草と茂みのせいで歩きにくい。踏み外さないように神経を配る。ただでさえ蒸し暑いのに、身体の中はますます熱を帯びていく。
「暑くて馬鹿になるのは結構だけど、自分のことぐらい、自分で守りなさい」
 グレイシアは指先を茂みの方へ向け、先端から冷気を放った。目の前を通り過ぎた空気の塊は、僕の顔の横に伸びていた蛇の頭を凍りつかせる。蛇のからまりついた枝は、頭の重みの分だけ下に下がった。
 水筒の水を口に含み、ややぼうっとする頭にも血を回す。周囲の茂みが、どうもにぎやかだ。奥行きが掴みきれないものの、小さな羽音も忙しなく移動しているらしい。風や木々が奏でる音だけではなさそうだ。殺気に似た気配も、数え切れないぐらい点在している。
「いつの間に?」
 腰の剣に手を添える。数は多いが、的そのものは大きくはない。
「本当に馬鹿なのね。退役して、平和ボケでもした?」
「なっ。さっきから馬鹿、馬鹿って」
「だって馬鹿でしょう。こんなところで重たい長物振り回して、どうする気?」
 グレイシアはレイピアの柄頭にも触れず、重心を低くして足を動かしている。下草を踏みつける音の間に、かすかに水の流れる音が聞こえてくるような……。
「多分、順路はこっちじゃないのよ。向こうが正解」
「ここで足を止めて戦っても、キリがない?」
「そういうこと。だから、」
 穏やかな流れの小川が見えた。生い茂る森に比べれば、随分と奥ゆかしい清流に思える。馬車も渡った痕跡がある小さな橋の向こうには、休憩所らしき小屋も立っている。川幅の分、木の勢いは途絶えていた。どんな処置を施したかは分からないが、小屋の周りは綺麗に刈り込まれた草原になっている。まるで庭のようだ。
 後ろから追いかけてくる殺意をかわしながら、小川にかかった橋を目指す。一足先に庭へ踏み入ったグレイシアは、勢い良くレイピアを抜いた。僕の後ろから、先ほどより二回りほど太い蛇が飛びかかってくる。川底が浅いことを祈って水の中へ足を突っ込み、振り返りながら剣を抜く。綺麗に一閃された蛇の肉は、鮮やかなピンク色をしたまま、流されていく。

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【壊乱】#001

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執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2017.04.05

2018.05.02

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