【壊乱】#042

2017.05.03

竜退治をテーマにしたオリジナル小説。
第42話。

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 身体の中から古い空気を出し切るように、長く息を吐いていく。迷いも一緒に出ていく気がする。視覚を遮断すると、聴覚と触覚とが鋭敏になっていく。清流の音に風と草木の奏でる音。清らかな水の匂いに、土と草の匂いが混ざる。その中に、仄かに甘い匂いが混ざりこむ。
 最初は勘違いかと思うほど微量な香りだったのが、徐々に強くなってくる。薄く目を開けて周りを見ても、それらしい要素は見当たらない。匂いそのものは小屋の方から漂ってくるようだ。
 小屋の向こうにいるグレイシアは、動く気配がない。匂いに気がついていないのだろうか。周辺警戒を続けるべきなのだろうが、万が一ということもある。周りのことは任せて、中を探るか……。
 ゆっくりと立ち上がり、小屋の側に寄ってみる。窓から中を覗いてみるが、汚れが強くてよく見えない。手を置いて、軽く引いてみる。外側からは開かないと思っていたが、音もなく開いた。窓の隙間から、淀んだ空気が埃とともに外へ出てくる。
 ひどい臭気だ。強くなった甘い匂いが、その臭いをよりひどいものに仕立てている。目も鼻も堪らず、顔を背けてしまった。咳も堪え切れない。異臭を体の外に出すべく、深呼吸を繰り返した。
 窓の側でしばらくじっとしていると、ようやく落ち着いてきた。開けた窓から中を確かめる。分厚いカーテンが引いてあり、小屋の中は薄暗い。それでも、埃が積んであるぐらいで、荒らされた様子は見当たらない。特筆すべきことも特にない。強い臭気の元が何なのか、それもよく分からない。
 食堂の奥に、古くなった食べ物でもあるのだろうか。ここから覗くだけでは情報が足りない。どこからか、中へ入ってみよう。臭いの元を確かめるだけなら、食堂だけを見ればいい。先ほど見つけた、勝手口らしき扉へ回ってみる。
 ドアノブをひねってみる。鍵がかかっていて、そのままでは開かない。少し強めに押し引きしてみる。ドアノブが壊れて、手前に扉が開いた。異臭に身構えたが、埃っぽい臭いが少し鼻をつく程度。異臭の元はこちらではないのか?
 ドアの向こうは、両脇に物が積んであるせいで、狭い通路になっている。裏口であるのは間違いなさそうだ。窓は少なく、開け放った開口部から差し込む光がなければ、足元に転がっている空き瓶や空き缶を踏んで怪我をしてしまいそうだ。こちらも、荒らされたというよりは、物が多すぎてあちこちに転がっているという雰囲気だ。誤って踏んだらしいビンの欠片が散乱しているだけに思える。
 念のため、剣を抜いておく。身体の前に構えて腰を落とし、警戒しながら歩を進める。通路の壁に設置された燭台には、だいぶ小さくなった燃え差しの蝋燭が刺さったままになっていた。こちらもやはり埃をかぶっている。
 通路の脇にあるのは、食べ物の絵が描かれた箱が多い。積まれた箱の一番上を開けてみるが、中は空っぽだ。靴の先で下の方の箱を軽く蹴ってみるが、こちらも、中身は入っていないかもしれない。
 ここでは、埃以外の異臭はあまり感じられない。何かあるのは、奥に見える扉の向こうなのか。ドアノブを捻って小さく押し開けた。隙間から奥を覗き見る。扉の向こうは、かなり広い部屋らしい。ここから覗くだけでは全容は掴めない。思い切ってドアを開け放ち、中へ進む。
 建物の奥の方なのだろうか。先の通路に輪をかけて暗い。後ろから差し込む光を頼りにすれば、手前の方には右手奥へ入り込む通路があるようだ。腰の高さに扉のような板がある。
 奥へ進み、暗がりにじっと目を凝らしてみる。だんだん目が慣れてきた。先の通路はどうやら、調理場のようだ。こちら側は大きなダイニングらしい。壁に仕切られて、第二、第三の部屋もあるようだ。手前の部屋に異常はない。
 もう一つ奥に行かなければならないのか? そろそろ、外の空気を吸いたい。いや、違う。この奥に進みたくない。今すぐにでも外に出たい。
 目的は果たしていないが、外に出よう。カーテンが締め切られた大部屋を後にすべく、踵を返す。身体の向きを変える途中、視界の端で何かが横切った。何かが建物の中にいる気配はなかったが、見間違いだろうか。
 深呼吸を二回して、ゆっくりと振り返る。薄暗い空間が広がるばかり。抑えの効いた調度品が、程よく配置されている。何も変わったところはない。やはり、見間違えたのだろう。念のため、一つ奥の部屋だけ確かめるか。
 気は進まない。重い足をゆっくり動かして、隣の部屋へ近づいていく。耳の奥で誰かの話す声が聞こえてくる。一人じゃない、複数だ。なぜ、急に? 部屋へ近づけば近づくほど、話し声は大きく、はっきり聞こえてくる。この向こうに誰かが、いる?
 意を決し、仕切りの向こうを覗く。
「おう、ブレイズ」
「遅かったな」
 明かりを灯した部屋に、見慣れた顔がいた。二人分の話し声は、アレンとドルトンの物だった。
「無事だったのか」
「そらそうよ。俺たちだぜ?」
「こんな森ぐらい、なんともないさ」
 さっきまでの心配はなんだったのかと思うぐらい、二人の声も表情も明るい。
「ま、一旦ここで休憩しようぜ」
 ドルトンは、手元のグラスを傾ける。中には濃い紫色の液体が入っている。
「それは?」
「これか? そこの物置に山ほど置いてあったぜ」
 ドルトンは、僕の通ってきた勝手口の方を指した。
「そんなの飲んで大丈夫?」
「平気平気。上等な酒だ。変な匂いもしないしな」
 ドルトンの向かいに座っているアレンも、グラスの液体を美味そうにあおる。無くなった分を、手酌で注ぐ。二人の間に、空になった大量の瓶が並んでいる。
「ほら、お前も」
 ドルトンが、グラスになみなみと注いだ酒を差し出した。液体から漂う甘い匂いは、もしや。
「どうした? 飲まないのか」
 ドルトンは不思議そうな表情を浮かべる。
「あ、ああ。もらうよ」
 ドルトンの手からグラスを受け取る。鼻を近づけて匂いを確かめる。この匂いはやはり、さっきから感じているあの甘い匂いだ。
「あのさ」
「なんだ?」
 アレンが顔を上げる。ドルトンは、夢中で酒を飲んでいる。
「さっき外でこれと同じ匂いを嗅いで、ここまで来たんだけど。これの匂い?」
「さぁ、どうだろうな。お前の嗅いだ匂いというのが分からんから、なんとも言えん」
「そりゃ、そうだよね」
 アレンの目をじっと見つめる。ドルトンは同じ動作を繰り返している。グラスを卓に置く。
「二人は、ずっとここにいたのか?」
「ん?」
「僕らが外で戦っている間も、ここにいたのか?」
「ああ、そうかもな。外は見てないから、そうじゃないかもしれないが……」
 戦いの最中に二人が小屋に入ったのなら、どこかで見えたはず。戦う前に、二人はすでに小屋の中にいたのか? それにしても、戦いを見なかったとしても、音ぐらいはしたはずだ。
「どうしたんだ、ブレイズ」
「俺たちの酒は飲めないってか?」
 ドルトンとアレンは、同じタイミングで酒を飲む。二人をじっと観察してみても、外見上おかしなところはない。二人が飲んでいる酒のせいで、違和感が生まれているのかもしれない。
「まぁ、とりあえず飲めよ。飲んで食って、一息つこうぜ」
 ドルトンは、テーブルの下から食料の入った箱を重そうに持ち上げた。見るからに新鮮な食材がぎっしり詰まっている。辺りに漂う甘い匂いはだんだん濃厚になっているような気もする。
 さっき卓に置いた酒が、とても魅力的に見えてくる。元々喉は渇いていた。戦いで汗もかいたし、酒も食料も自分の意識を捉えて離さない。手元のグラスを掴み、口元まで運ぶーー。

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【壊乱】#001

竜退治をテーマにしたオリジナル小説。 第1話。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2017.05.03

2018.05.02

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