「脳」を欺き続けるのは難しい

2017.05.15

『プロパガンダ』あるいは『世論』。はたまた『我が闘争』。宣伝活動や広報活動における重要な参考書。これらを読みながら、また他のものも読みながら考えたことをまとめてみる。

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「人を騙す」のはそれほど難しくない

全力で稼働すると生存競争が危ぶまれるぐらいの性能を有した「脳」は、基本的に省エネモードで稼働したがる。五感を備えているものの、全てを「私」という意識が感じることはなく、ほどほどにフィルタリングされて処理しやすくなったものを受け取らされている。空気の味も色もわざわざ受け取らないのも、一つの省エネ。

「情報のチャンク化」というのも、恐らく一つの省エネ。「チャンク」というのは「固まり」という意味。バラバラの状態や意味を付与しない状態で情報を保有しているのは、脳にとって面倒臭いことらしい。例えば、電話番号。一定の桁数の数字の羅列と覚えるよりは、幾つかの固まりに区切った方が覚えやすい。

カテゴライズしたり、分かりやすく連想させるのも、一つの省エネ。もし、全く関係のない情報同士が並んでいても、近くに配置してあれば、なんらかの共通項を見出してヒモ付けたりしてしまう。これが、ただの記号でなく、ある程度の文章とかだったりすると、ヒモ付けはもっと容易だ。前後関係を勝手に見出してきたり、勝手に間を保管したりして、繋げてしまう。

ミスリードやミスディレクション、「広告」や「広報」、あるいは「サブリミナル」というのも基本的には、これで騙している。全く関係がないものだったとしても、刷り込みをかけていけばだんだん記憶が強化されていく。ここに、口ずさみやすい音楽が付いていればもっと強くなる。CMのフレーズを不意に口ずさむ。記憶へはどんどん刷り込まれる。夕飯時、何か特定の匂いを嗅ぎながら覚えると、より強烈だ。匂いの記憶というのは、深くまで刷り込まれやすい。

あの手この手の策を駆使して、情報を刷り込んでいく。脳は省エネモードになりたがるから、いちいち検証したり、個々の些細な違いを検証したりすることもない。ここに、身の安全や財産の安全みたいなものも保証してあげて、快を与えて不快を遠ざければ、イチコロだ。基本的に、人というのは、そういう風にできていると思っていい。

もっと簡単に誘導したければ、「Fool’s gold」を活用する

“Fool’s gold”、愚か者の黄金とは「黄鉄鉱」などの「金」に見える別の鉱石、鉱物のこと。いわば偽物の金。見抜けない人には、そちらの方がきらびやかに見えたりして、本物の価値が分からないまま騙されて持って帰るので、「愚か者の黄金」と呼ばれるようになったとか。

脳も身体も、基本的には怠け者というかカロリー消費を抑えて少しでも長く生きようとするから、本物のお宝が奥にあるとわかっていても、手前にそれらしい偽物のお宝 = “Fool’s gold”が用意されていれば、飛びついてしまう。特定の人に大事な情報を渡そうとするときも、基本的にはこの考え方でいい。パッと見て分かりやすいところにそれらしいお宝、偽情報をぶら下げておいて、なんでもないところに本物の情報、インテリジェンスを紛れ込ませておく。そうすると、奥の奥まで読み解こうとしない人には違う情報を認識させることができる。

ある情報とある情報とを勝手に結びつけやすい、という性質もあるのだから、より結びつけやすい無関係の情報を近くに置いておくだけで、事実誤認を誘発するのも難しくはない。こちらが示唆したり、提示したのではなく、「あなたが勝手に勘違いしたのでしょう?」と言って仕舞えばそれでいい。騙されている間に十分な利益を上げる、あるいは得をすることができればそれでいい。

世の中には、”Fool’s gold”というものがあるんだ、というのが分かってさえいれば、簡単には騙されなくなる、はず。なんだけれども、これがまた難しい。

「脳を使い倒す」は容易ではない

例え、”Fool’s gold”だと分かっていても、それを避けて本物の黄金にたどり着くのは難しい。なぜならば、脳にとっては「騙された方が省エネ」で、身体にとっても余分なエネルギーを使わない方が生存に有利になっているから。これに反して本物の黄金を得ようと努力をし続けるのは、なかなか難しい。

目先の不利益や苦痛を避けて、その奥にあるものを得ようとするのも、脳や身体にとっては避けたいことの一つ。筋トレや勉強が苦手というのも、動物的な生存競争としては自然な反応。それを押しやって何かを成そうとする行為、あるいは意識自体が素晴らしい頑張りであると、自分自身を讃えてあげてほしい。

また、未経験のことに取り組む、新しいパターンを認識するというのも、脳には負荷を強いる行為。年齢を重ねていくと人の話を聞かず、自分の慣れ親しんだ行為から出て来にくいのも、動物的な反応に逆らっていないから。いつまでも若々しくいたければ、素直に物事を見聞きする、虚心坦懐に物事に取り組む姿勢というのが大事になってくる?

一つ一つのささやかな違いを認識する、というのも脳の苦手な行為? 「チャンク化」の罠を上手くかわして、似て非なるものを同じものと認識しないこと。多様性を認めたり、他人の行き方を寛容的に受け止めるには、ささやかな違いを大事にできるかどうかにかかっているような気がする。

騙されないためにも、本能的な反応を疑ってかかること

脳に従って生きてしまうと、自分らしい生き方は恐らく貫けない。意識的に脳を使う側に回っていかないと、新しいことにも取り組んでいけないし、偽物の情報に簡単に誘導されてしまったりする。この時、手っ取り早い対応策は、「本能的な認識」や「本能的な反応」に対していくらか疑ってかかるくせをつけておくこと。

大きいもの、重いもの、きらびやかなもの、あるいは苦労して手に入れたものなど。これらを権威あるもの、すごいもの、大事なものと認識してしまいがちで、実際にその通りだったりもするのだけれども、全てが全てそうではなかったりする。大きい方が偽物だったり、きらびやかなものがメッキだったり。あるいは、簡単に手に入ったもの、目の前にあったものが欲しかったものであったり。

自然に近い思い込みは極力取っ払い、きちんと目の前のものと向き合うこと。きちんと情報を処理することがまず第一歩かと。

また、感性か理性かのいずれか一方で判断を下してしまうのも、失敗に繋がりやすい。「感情に振り回されない生き方」も大事だとは思うけれども、意識化で認識している情報はそれほど多くはない。直感的にフィルタリングしている要素もたくさんあるので、感情や直感に完全な蓋をして生きてしまうと、思い込みの罠にかかりやすくなる。また、感性だけで行動してしまうのも、思い込みの罠から抜け出せないので時々理性的に「本当に正しいのか」とチェックをかける必要もある。どちらも大事なのは、「認知バイアス」の罠にかからないこと。

無関係な情報同士に、思い込みで物語を組み立ててしまうと、物事をまっすぐに見られなくなって、思い込みで自分も他者も大事にできなくなってしまう。素直に物事を見る、また微細な違いを感じ取るためにも、感性も理性もしっかり研ぎ澄ませていただきたいと思う。

ただ、そうは言っても「脳」は強敵

省エネに走りがちな「脳」とはいえ、「面白い」というご褒美があれば割と簡単に力を貸してくれる。「面白くないな」と思ってしまうと、脳は面倒臭がりな顔しか出さなくなってしまう。いかに自分の知的好奇心を刺激するか、あるいは知的好奇心の引き出しを増やしておくか。また、「達成感」の種類を増やしておけるかが、一つのキーになってくる。

第三者、あるいはコーチみたいな専門の人を巻き込んで、自分一人で頑張ろうとしない、というのもそういう時の手段の一つ。騙されていないかどうかを確かめる時も、人に相談してみようというのは、正しい選択なんじゃないでしょうかね。

仮面ライター的には、広告や広報、あるいは「物語」というズバリ「フィクション」を書くという嘘をつく、人を騙すのがある意味大事な作業。また、その手の書籍や「インテリジェンス」方面の書籍、スパイ関係の書籍も好んで読んでいたりはするので、人をいかに誘導するか、いかに楽しませるかということも、多少は知っていると思っています。

嘘も方便。物語の「質」と「量」で人を楽しませながら、あなたの商品、サービスを無理なく広げていくというお手伝いは、いかがでしょう? いつでもフォローしますので、気兼ねなくお問い合わせください。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2017.05.15

2017.05.15

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