【壊乱】#044

2017.05.29

竜退治をテーマにしたオリジナル小説。
第44話。

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「目だけに頼るなんて、本当、最っ低。大地の震えとか、空気の揺らぎとか、微細な変化も掴めるようになりなさい」
「そんな無茶な」
「無茶でもなんでも、その宝剣を受け継いだからには、必ず出来るようになってもらう。いつか必ずね。で、それはそれとして、どうするの?」
「どうって……」
 視界の端の捉えていた三頭の鹿が、煙の上がった方に駆けていく。その先で、小さな稲光が走った。頭上の空は相変わらず、好天のまま。
「寝起きで悪いけど、火球を一発お願いできるかな」
「了解」
 グレイシアが火球の詠唱を終えるまでに、少しでも近づいておきたい。川の向こう目掛けて走る。着地後の足場がしっかりしていることを祈りながら、川べりを強く蹴った。足元を濡らすことなく川を越え、対岸へ着地する。想定外の凹凸や木の根が飛び出しているということもない。
 後ろの様子を振り返る。鼻先に膨大な熱を感じて、慌てて避けた。回避が間に合わず、前髪は少し焼かれてしまった。嫌な臭いが鼻をつく。僕の前髪を焼いた火の玉は、行先の茂みを焼きながら猛スピードで消えていく。その軌跡を辿るように、僕の頭上をグレイシアの身体が通り過ぎる。
「ちょっ、危ないって」
 グレイシアは僕の抗議など微塵も聞くつもりがないらしく、速度を落とさずに見通しの良くなった空間を駆け抜けていく。火の玉が通り過ぎた跡が、両サイドから徐々に塞がりはじめている。茂みの異常な生命力に関心している暇もない。態勢を立て直して、グレイシアの背中を追いかける。
 その速力は本当にどこで身につけたのか。全く追い付く気がしないグレイシアと、その遥か先を進む火の玉。走るのに必要な空間だけを焼く、圧縮された熱の塊の存在を早く知らせなくては。細かい起伏と、滑りやすい落ち葉に気を配りながら、速度を上げる。
 グレイシアは、走りながらも詠唱に入った。先ほどの火球と同じ呪文らしい。
「いったい何を」
「センスも鍛錬も足りないって、本当に最悪。しゃべる暇があるなら、走りなさい」
 グレイシアは両手に一つずつ生成した小さめの火球を茂みの向こう目がけて投げた。右手の火球を先に、左手の火球は一拍置いて、やや違う方角へ送り出す。
 だんだん、激しい閃光が強くなってきた。足元に伝わる振動も、不規則かつ大きくなってきている。まだ全容は見えないが、微かに聞こえる唸るような低い叫び声は、聞き覚えのある声だ。
 大きな黄色の魔道石が、緑一色の茂みの向こうに見えた。その魔道石の向こうに、暗緑色に光る二つの目が飛びかかる。
「アレンっ」
 アレンの杖が、振り向きざまに鹿の頭を叩く。よろけた鹿の横っ面に、小さな火球が直撃した。その衝撃にバランスを崩したアレンの身体に、蛇のような蔓が伸びてくる。剣に手をかけ、走りの勢いを乗せて蔓を斬りとばす。そのまま、アレンの向こうで立ち上がった鹿を目がけて剣を振り上げる。立派な角の生えた首から上が、茂みの向こうに飛んでいく。残された胴体はしばらくその場で歩くような動きを見せながら、紫の体液を盛大に吹き上げてその場に崩れ落ちる。
 森の中を焼きながら進んできた大きな火球は、ドルトンの向こうにいる巨大な華の化け物に直撃した。もう一発の火球は、ドルトンに突撃を掛けた鹿の腹をにぶち当たる。最後の一匹は、突撃を交わしたドルトンに、返り討ちをくらって絶命した。
 鹿を屠って脱力していたドルトンの首に、化け物の触腕のような蔓が巻きつく。グレイシアの剣は、その蔓を斬り割いた。
「悪いな、姉ちゃん」
「いいから、構えて」
「あいよっ」
 ドルトンは、態勢を立て直して華の化け物に向かい合った。伸びた鎖をゆっくり巻いて、いつでも円盤を振るえるように構え直す。ドルトン、グレイシアが攻めにかかる。
「悪いな」
「いや、いいんだ。フォレスタに僕だけ着いてもしょうがない。それにしても、アレは?」
「食虫植物、いや食人植物の化け物だろう」
 太い茎や蔓が脚や胴体を形成し、その上で目立つ赤黒い大きな華が、甘い匂いと腐臭の混じった匂いを撒き散らしている。腕代わりの細めの蔓が、二本から八本ほど、華の部分を守るように動き回っていた。その全長は、人の二倍から三倍程度。
「森中のキノコは、奴にエサを運ぶため、か」
「もしくは、この環境をあいつも利用した、か」
 縦横無尽に動く細い蔓を躱して、懐に飛び込んだグレイシアは、華を支える太い蔓に刃を当てる。表層を傷つけるも、傷は浅い。上から迎撃に出る触腕を避けて、距離を取る。グレイシアの攻撃に数秒遅れて、ドルトンは回転の勢いをつけながら円盤を放り投げた。華に向かった円盤を、別の蔓が束になって受け止める。ヘリの刃物と質量に負けて、蔓は受け止めた部分から上が分断された。
 傷んだ蔓を自ら斬り落とし、新しい蔓で円盤の戻りを待っているドルトンを襲う。その蔓めがけて、アレンは火球をぶつけた。
「加勢に来たつもりなら、お前もあいつを頼む」
「了解」
 アレンの前に出て、目の前に伸びてきた蔓を切り落とす。華の部分とそれを支える胴体の部分を守るようにせわしなく動き回っている蔓と、攻撃に出てくる蔦と、大きく分けて二種類の動きしかしていない。炎への耐性はさほど高くないようだ。
「あいつは倒しても大丈夫なんだよな」
「ああ、『荒ぶる獣』って奴ね。『いにしへの神』にしては、小さいかな。場のエネルギーも考えると、奴がここの主ってことはないだろう」
「なるほど。了解した」
 アレンは、ドルトンへ襲いかかる野ウサギやイノシシを蹴散らしにかかった。グレイシアも、華の化け物を気にかけながらも、周囲の魔物と細い方の蔓を主に剣を振るっている。
 前で円盤と拳骨とを振るっていたドルトンの横へ付く。アレンから預かった水筒を差し出す。
「すまん、ブレイズ」
「いいさ。それより、飲み過ぎるなよ」
「分かってる」
 ドルトンは大きく二口飲むと、水筒を押し返した。
「どう攻める? 弱点は華の部分なんだろうが、触手がな」
 ドルトンは円盤につながった鎖を弄びながら、こちらを狙ってくる蔓を剪定していく。時折、蔦の攻撃をかいくぐって鹿や野ウサギが飛びかかってくるが、別の蔦に打ちのめされてしまう。こちらに向かってくる獣も、僕の剣に切り払われる。のんびり考える時間もないのだけれども、さて、どうしたものか。
 ジャラジャラと鎖を鳴らしながら、ドルトンは胴体代わりの太い茎や蔓を狙って円盤を放り投げた。細い蔓が防御に回るが、跳ね飛ばされる。茎に食い込んだ円盤は、幾らかの組織を破壊していく。バランスは崩れるものの、全体への影響はそれほど大きくないらしい。  ドルトンは、投げた円盤を、鎖を巻き取って手元に戻した。ドルトンの背中も肩も、汗を迸らせながら、見事な躍動感で同じ動作を繰り返す。三たび、円盤は手元に戻ってくる。もう一度投擲に入ろうとしたドルトンに、声をかける。
「なぁ、ドルトン。君の力自慢は健在か?」
「ん?」
「怪物との力比べは興味ないかと思ってね」
 僕は、華の化け物を顎で示した。
「弱点は僕が叩くから、あとは頼んだ」
 ドルトンの目は、僕の方をじっと見つめる。手元の武器と目の前の敵とを見比べると、口元に笑みを浮かべた。
「毎度のことながら、無茶を言ってくれるねぇ」
「すまない」
「いいってことよ。なんせお前が隊長だからな。前置きなしで行くぜ?」
「ああ。頼む」

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【壊乱】#001

竜退治をテーマにしたオリジナル小説。 第1話。

執筆者プロフィール

長谷川雄治(はせがわ・ゆうじ)

物書きな作れるWebコンサルタント。
HTML/CSSのマークアップやWordPressのカスタマイズ案件を経験し、サービス構築やブランディング、サイト設計や戦略プランニング、各種原稿、書類作成まで担う。
独自色の強いコンテンツマーケティングの人という立ち位置も見出だしつつあり、不足しているものを補うべく、日々実践中。

2017.05.29

2018.05.02

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